生産性
2019/05/31
2017.5 養豚界 (株)スワイン・エクステンション& コンサルティング 大竹聡先生

IPCの実践と担当スタッフの重要性

前回から、豚の個体診療(IPC)に関する論文を紹介しています。今回は「豚の個体診療(IPC)、より責任ある薬剤使用のための新しい管理ツール」と「高価値な離乳子豚をより多く生産するためのHusbandry Education™プログラム」の2本の論文から、IPC実践による生産性改善結果と、その結果を左右する人材やトレーニングについてみていきます。

スペインの農場におけるIPC実施試験

引用文献
Piñeiro C, Morales J, Doncecchi P, et al. Individual Pig Care (IPC), a new management tool for improved responsible use of medicines. 22nd International Pig Veterinary Society Congress. 2012:214

はじめに

オランダ、フランス、ドイツなどのEU養豚先進国は、国内規則もしくは小売業者、スーパーマーケットの要求に基づいて、抗菌剤のより賢明な使用の推進を目指している。また、輸出競争力を高めるためと、アニマルウェルフェアのニーズに沿うためにも、養豚生産現場にはより有効かつ経済的な疾病コントロールが要求されている。

豚の個体診療(IPC)は、毎日の注意深い豚の個体観察とそのデータを迅速かつ効果的に収集・処理することで、疾病の早期発見と対策を可能にするツールである。IPCの最終目的は、賢明な抗菌剤使用やアニマルウェルフェアに配慮し、安全・安心な豚肉を消費者に届ける養豚生産に貢献することである。

試験農場の概要と試験方法

  • ・供試農場と試験対象:スペインの農場。子豚期の豚
  • ・試験区分:対照区は200頭、通常の農場プロトコルに従い管理・治療。試験区(IPC区)も200頭、子豚期にIPCプログラムを実施し、管理・治療
  • ・試験期間:6ヵ月
  • ・試験方法:各疾病・症状の重症度に応じて豚を4段階で評価。重症度に応じて薬剤の種類と投与経路を含む具体的な措置を定め、すべて記録。室温・水量もモニターし、記録

※病豚を4段階に分類する基準は2017年3月号を参照

結果

図1〜4に示した。また、図にはないが対照区と比較してIPC区では豚群内の体重のバラツキも改善された。

図1:子豚期の最終体重
図2:子豚期のADG
図3:子豚期の事故率
図4:抗菌剤使用量

アメリカで行われたIPCとその教育プログラムの実施

引用文献
Kuhn M, Moeller T, Hoover T, et al.
Husbandry Education™ linked to production of more high value nursery pigs. Allen D. Leman Swine Conference. 2011:286

はじめに

離乳子豚の導入時における飼養管理は、生産性およびアニマルウェルフェアを最大化する上で重要である。本試験の目的は、飼養管理者のトレーニング(Husbandry Education™)を通じて、アニマルウェルフェア、環境、予防医療の原則に十分従事できるようにすることで得られる利益を評価することであった。ちなみにHusbandry Education™とは病豚の早期発見・早期治療をコンセプトにしたIPCに加え、飼養管理についても総合的に研修するプログラムのことである。

試験農場の概要と試験方法

  • ・供試農場:ウィーン・トゥ・フィニッシュ農場(1豚舎当たり2,499~6,696頭収容)
  • ・試験区分:各区20豚舎になるよう無作為に割付(表)。対照区は農場スタッフが従来通りの管理・治療プログラムを実施。試験区(HE区)はIPCおよび飼養管理についてトレーナーによる研修を受けた担当者が飼養管理・治療プログラムを実施
  • ・トレーナーによる農場訪問と研修:離乳子豚導入から2週間は毎日、導入6週間後は週1回実施。病豚をA豚、B豚、C豚に分類し、農場プロトコルに従い治療
  • ・評価方法:対照区およびHE区の担当者が一緒にすべての施設を訪問し、子豚を「高価値」または「標準以下(軽量または跛行、去勢していない雄、欠陥)」に分類。離乳後7~8週間に得た生産記録から、事故率と治療用の抗菌剤コストを算出

結果および考察

試験頭数と結果は表と図5〜8に示した。

HE区では対象区に比べ標準以下の豚の割合が有意に低かった。一方で、個別治療を必要とする割合はHE区の方が有意に高かったものの、総合的な治療薬剤コストはHE区が有意に低かった。また、高価値子豚の割合はHE区の方が有意に高く、この結果から43頭をHEケアに基づいて飼養するごとに、高価値子豚が従来のプロトコルに比べて1頭多く生産されるという試算となった。

本試験の結果により、日々の農場スタッフによる個体診療や飼養管理が豚の健康状態および生産性の向上につながることが示唆され、またそれが生産成績に有意に貢献することが分かった。

試験結果
図5:標準以下の豚の割合
図6:個別治療を受けた豚の割合
図7:高価値子豚の割合
図8:1頭当たりの治療薬剤コスト
対照区を1としたときの対比で表した

IPCの効果は活用する管理者にも左右される

今回も前回に引き続き、IPCプログラムの実践によって農場生産が改善された、具体的な事例を紹介しました。

前回に引き続き、1本目はヨーロッパの事例ですが、2本目はアメリカの事例です。アメリカでは現在、離乳期から肥育期まで一貫した豚舎で飼養するウィーン・トゥ・フィニッシュ豚舎が主流になっていますが、その生産性を最大限にするためには、導入直後、いわゆる離乳期の管理が重要だと言われています。本事例においては、その重要な時期に集中してIPCプログラムを実践することにより、農場生産性(事故率と高価値豚の割合)が改善することが示されています。

さらに「IPCプログラムにより治療回数や抗菌剤使用量はむしろ増えてしまうのでは?」と危惧されている方もいるかもしれませんが、結果はむしろ逆で、減っています。これはIPCプログラムが抗菌剤の適正使用に貢献したことを意味しています。

本事例では、トレーナーという立場の人材が実際に農場に派遣され、現場のスタッフにIPCプログラムを直接トレーニングする形をとっています。人材とトレーニングこそが、IPCシステムの要と言えそうです。

© S.Otake