生産性
2019/05/31
2017.6 養豚界 (株)スワイン・エクステンション & コンサルティング 大竹聡先生

信頼性、再現性の高いIPC

本連載では豚の個体診療(IPC)に関する論文を紹介していますが、今回は「飼養管理者のトレーニング(Husbandry Education)プログラムが離乳子豚の事故率、生産性および治療コストに及ぼす影響」から、農場においてIPCとはどのようなものかを見ていきます。

アメリカにおけるIPC実施試験

引用文献
Galina Pantoja L, Kuhn M, Hoover T, et al. Impact of a Husbandry Education Program on nursery pig mortality, productivity, and treatment cost. J Swine Health Prod. 2013;21(4):188-194

はじめに

離乳ステージは、飼料や環境の変化、群編成など多くのストレスにさらされるため、生産ステージの中で最も事故率の高いステージである。適切なピッグフローと衛生プログラムを実践していたとしても、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスやサーコウイルス2型(PCV2)などの免疫系に影響を及ぼす病原体が関与している場合、このステージで高い生産性を維持し続けることは困難だ。

離乳ステージの管理における問題の1つが、疾病初期段階にある豚の発見と適切な取り扱いである。豚群全体の健康維持には、すべての豚を毎日観察し、疾病の初期段階での治療に重点を置く必要がある。

飼養管理者のトレーニング(Husbandry Education:HE)プログラムは、飼養管理の指導をするトレーナーの体系的な指導を特徴とするプログラムである。このプログラムが離乳ステージの生産性、経済性の改善に貢献するかどうかを調べるため、アメリカの2農場において大規模な臨床試験を実施した。

試験農場の概要と試験方法

HEプログラムでは、総合的な生産環境を評価してから個々の動物に焦点を絞る豚の個体診療(IPC)を実施する。IPCは健康豚と臨床症状の初期(A豚)、中期(B豚)、重度(C豚)、そして安楽殺を要する豚(E豚)を分類する方法である。

※病豚を分類する基準は2017年3月号を参照

この分類法を毎日の観察時に実行することで、HEプログラムは体調不良豚を効率的に発見し、迅速に対処して速やかな回復を促す。加えて投資に対する十分なリターンが望めない豚を適時判断することができる。

本来HEプログラムは個々の豚に照準を合わせるものであるが、本試験は群レベルで評価した。

試験1

  • ・試験期間:2008年8月~2010年10月
  • ・供試農場:アメリカ中西部、12農場[離乳農場、オールイン・オールアウト(AI・AO)]
  • ・供試期間:3~10週齢までの7週間
  • ・供試頭数:合計36万2,344頭(155グループ)

試験2

  • ・試験期間:2012年1~12月
  • ・供試農場:アメリカ中西部、1農場(ウィーン・トゥ・フィニッシュ農場、AI・AO)
  • ・供試期間:3~10週齢までの7週間
  • ・供試頭数:合計13万7,640頭(40グループ)

結果

試験1の結果を図1〜3、試験2の結果を図4に記す。なお試験2における事故率は、試験区2.15%、対照区2.13%、注射治療率は試験区9.89%、対照区8.76%、群当たりの治療コストは試験区0.104ドル、対照区0.177ドルとなった。

図1:平均離乳体重と平均試験終了時体重
図2:事故率
図3:1頭当たり治療コスト
図4:高価値育成豚の割合

信頼性、再現性が高く、弱点克服の一助となるIPC

前回に引き続き、今回もアメリカにおけるHEプログラムが養豚生産・経営に貢献することを証明した事例を紹介しました。HEプログラムの大きな特徴は「飼養管理の指導をするトレーナー」という立場の人材が実際に農場に派遣され、現場のスタッフにIPCプログラムを直接トレーニングすることと前回も説明しました。そして、今回の事例には前回以上に意義がありますが、その理由は、以下の2つに集約されるでしょう。

  • ①1~3年間、すべての季節を含めて、長期間にわたり試験している。その間、試験に供した豚の頭数は延べ36万頭以上(試験2は13万頭以上)。このような膨大なn数に裏付けされたデータベースから得られた知見のため、その信頼性や再現性は非常に高いだろう
  • ②本試験に供試された農場はいずれも、もともと十分管理レベルの高い農場であった。そのような農場であっても、本プログラムを実践することで、さらなる改善・向上が実現できた

大規模農場であれば、このような人的介入型プログラムも、よりシステマチックに効率よく取り入れることができるでしょう。そして大規模になればなるほど、良い人材の育成と高い管理技術の維持が難しくなってきます。IPCは、生産性の悪い農場を底上げする役割だけでなく、優良農場がさらなる高見を目指すために機能するツールとしても、大いに期待できそうです。

© S.Otake