CASE STUDY

導入事例

IPCへのチャレンジ
株式会社三沢農場
03

培った “豚を見る目” が管理の精度も改善!

2019.10 Pig Journal 編集部

本シリーズの初回で、(株)三沢農場のIPC(豚の個体診療)の最初のチャレンジで現場が疲労困憊したとき、担当者が「いくら投薬しても追いつかない、改善しない」と感じた現場感覚を、管理獣医師の大竹聡氏が“次のステップを踏ませる契機”として捉えたくだりを紹介した。手順を農場の現状に合った形にアレンジしたことで、IPCは日を重ねるごとに効率良くこなせるようになり、疾病問題のコントロールに手応えを感じられるようになった。そうしたなかで山﨑社長以下、肥育農場のスタッフの意識は自然と“次のステップ”へと向かっている。

治療が追いつかないなかでの従業員の “気づき”

健康を崩しつつある豚を少しでも早期に発見して治療を施す。それによって治療の効率と効果を上げることがIPC(豚の個体診療)の真髄だ。三沢肥育農場では、昨年末にIPCを導入したあと、約1ヶ月のうちに、その真髄に近づいた。治療を中心とする肥育部門の作業の時短、少人数化に成功する。さらに、半年後には、事故率を下げ、出荷日齢の短縮を実現した。IPCは手段の1つであるものの、そのもたらした効果は広範囲に及んだ。

社長の山﨑聖が(株)スワイン・エクステンション&コンサルティングの大竹聡獣医師にコンサルを要請し、最初の農場訪問を受けたその日に、三沢肥育農場の根本的な問題と、問題解決に向かうおおよその筋道について、経営者と管理獣医師の間で認識が共有された。その最初の手段として選択されたのがIPCだった。大きな苦労から始まった実践だったが、それが効果を発揮し、若い従業員らの努力でルーチン業務として日々、短時間でこなせるようになっていった。そして、山﨑や大竹の指摘を待たずに、根本問題の改善にもつながる課題に気づいたのはIPC導入のプロジェクトリーダーである近江竜二だった。

■三沢肥育農場におけるIPC導入と立ち上がりの流れ

「IPCに取り組んだ最初、3日間投薬に明け暮れて、正直なところ“これだけ治療しても追いつかない”と絶望的になりかけました。それでも、大竹先生のアレンジもあり、少しずつ作業に慣れていったのですが、いくら注射しても治らない豚は治らないということに気がつきました。それで、ふと思いついて、インレット(入気口)の開け方を変えてみたのです」。

対応は当たった。現場の状況を確認したときのことを振り返った山﨑は、「IPCを始める前から大竹先生が常に、換気の状態に注意を促していた意味が、ようやく近江の腑に落ちたのではないでしょうか?」と控え目に評価したが、結果はそれにとどまらない。換気だけでなく、今まで機械的に設定していた舎内温度も、現場担当者で意見を出しながら微調整を試み、幅のある温度帯で管理ができるようになった。治療に要していた時間が浮いたことで、環境管理に費やす時間が増えたことが大きかった。こうなってくると、豚の状態が変わってくるのに多くの時間は要しない。

宮古も最初は苦労したが、今は笑顔でこなせる!
古い豚舎は築20年以上
右手に注射器、左手にマーカー、お決まりのIPCスタイルの近江
マーキングされた “A豚”

大竹獣医師は、「同じ構造の豚舎で同じ空調設備で、同じ温度に設定していても結果が違ってくるのはよくあること。そのなかで豚舎環境を、豚の状態と自分の肌感覚で感じ取れるようになったことは、とても大きな進歩」だと賞賛する。IPCの実践を通して事故率が下がり、出荷日齢が短縮されてくると、豚舎の回転に余裕ができ、さらに飼養環境は良くなっていった。IPCをスタートラインとしたことで、あらゆる管理が良い方向に回り始め、結果がついてくるようになった。

肥育舎を増やして施設問題が解決されるまでの間...

さて、空調の問題は、老朽化が進む豚舎の構造的な問題でもある。そこへ、豚の繁殖成績が大幅に改善されてきたことに伴うピッグフローの問題が重なっている。山﨑社長は、「肥育農場はだいたい10%程度、スペースが足りない状態が続いていて無理が生じている」と自己診断している。

現在、肥育農場のスペース不足を補うために用地を取得し、2020年の秋には肥育施設が増やせる予定だと言う。そのタイミングでは、徹底したパーシャル・ディポピュレーションで古い豚舎の清浄化も進めながらピッグフローを見直し、効率的に生産できる態勢を再構築していくことになる。しかし、それまでは、日々の飼養管理の精度を上げて生産性の改善を目指していくしかない。

山﨑社長は、「今はもう、現場はためらわないで環境コントロールに集中していけると思いますから、肥育豚舎の新設を待たずに、どんどん成績が上がっていくことを期待しています」と話している。

もちろん、近江ら現場担当者もやる気満々だ。

記録をとる沼田
大竹獣医師を挟んで、近江(右)と沼田

Vet's コメント

繰り返しになりますが、IPCはあくまで、農場の生産性を改善するための手段の1つです。継続できる方法を検討するために、期間を決めて評価し、見直していくことがとても重要になります。農場の状況はそれぞれ異なりますので、できるところから始めていただきたいと思います。山﨑社長は普段から、「失敗を恐れずそこから学んでいける環境をつくることが大事。新しいことを始めるときに多くを求めすぎてはいけない」という姿勢で従業員の皆さんと接していることもあって、皆さん、最初は大変でしたが目的意識をもって前向きにIPCに取り組めたのではないでしょうか。そして、そのなかで重要な“気づき”が得られて、農場全体で次のステップに踏み出せることになったのも、IPCで豚を見る目を培った大きな成果だと思います。

大竹 聡(㈱スワイン・エクステンション&コンサルティング)