CASE STUDY

導入事例

IPCへのチャレンジ
株式会社三沢農場
02

従業員の意識改革、働き方改革という“副産物”

2019.9 Pig Journal 編集部

(株)三沢農場の IPC(豚の個体診療)の取り組みは、実施回数を重ねるごとに精度を上げ、作業時間が短縮された。それに伴い豚の状態も良くなった。社長の山﨑聖は、IPCを導入したことにより、農場の生産性改善のみならず、従業員の意識改革、働き方改革までついてきたことに喜びを隠さない。肥育担当者の試行錯誤の経過を具体的にたどってみる。

個々の A豚判定が一致、チーム間で治療頭数が揃う!

青森県の(株)三沢農場(肥育農場)におけるIPCの取り組みは、初回の実践で1ロット1400頭のうちの約400頭、3割にも達する豚に対して3日間にわたり抗菌剤の注射に追われた結果を踏まえ、大胆な軌道修正が加えられた。

当初、肥育担当の6人が3人ずつの2チームに分かれ、3人1組で、①2人でA豚を見極めて、②そのうち1人が豚に注射を打ちマーキング、③3人目が記録する、という役割分担でスタートした。3人の役割をローテーションしながら、豚を見極める目合わせを試みた。また、通路を挟んだ豚舎の北側と南側、それぞれ異なるチームが担当した。そして、初回の実施を踏まえて作業性の評価を行った結果、2回目には3人1組から2人1組のチーム編成に変更し、①1人がA豚を見極めて注射とマーキング、②もう1人が記録する、という態勢に改めた。

新しいことにチャレンジさせるとき、「結果を急ぎすぎてはいけない」と話す山﨑聖社長
肥育担当、左から宮古、近江、沼田

担当責任者の近江竜二が、「『この豚、俺は注射するけど、お前はどうする?』という掛け合いを繰り返していくなかで、段々とお互いの判断が揃っていきました」と振り返れば、沼田文明は、「最初はそれぞれの判断のズレが大きく、同じ豚でも「注射する」という人もいれば「打たない」という人もいました。そう簡単に揃ったわけではなかったです」と、少し抑え気味に補足する。それでも、毎日の作業の繰り返しにより個々人の豚を見る精度が上がって、チーム全体の評価が揃い、開始から1ヶ月を経過するころには、別のチームで担当する北側と南側の豚房間で、不思議と治療頭数が同程度になっていったと言う。

さらに、この時期、記録は1週間に1回行いながらちょうど4回目の結果が出たころだったが、当初は6人がかりで4~5時間かかっていたIPCの作業が、4人で2時間というところまで効率的にこなせるようになっていた。宮古諭志が告白する。「最初は正直なところ、現場の作業が増えると思いましたし、不安な気もちがありました。でも実際にやってみて、皆で目合わせできると日に日に仕事は楽になりました。最初に社長から、『やってみて、やりたくなければやめたらいい』と言われて気楽に取り組めたのが良かったと思います」と。

治療頭数を沼田に伝える近江
2人態勢でのIPC、1人は右手に注射器、左手にスプレーラッカー
IPCを継続するなかで事故率も少しずつ下がってきている

従業員同士の “共通言語”を IPCがもたらした!

山﨑社長は、自らはほとんど指示を出さず、ある意味それは辛抱して、大竹聡獣医師の指導の下、近江を中心とする担当者にIPCの実践を委ねた。その成果の1つは、沼田が「IPCを始めて、自然発生的に仲間同士、相談するようになった」と表現した言葉に象徴されている。

この点について山﨑社長は、「彼ら同士で議論しながら自発的に取り組めたことの意味は大きいと思う。近江が1人だけA豚を見分けられるようになっただけではダメで、皆の豚を見る目、判断の基準を合わせていくという過程がいい訓練になった。現場の仲間同士で共通言語ができた。まだまだ決して大きなゴールではないけれど、1つ新しいことにチャレンジして成果が得られたので、そこを起点に次のことに取り組めるようになってほしいし、そうなりつつある。以前に比べて、何か一皮むけてきたなと感じている」と評価する。IPCに取り組んで約半年が経過するが、当初はA豚の割合が何度か10%を超えて飲水投薬するケースがあり、一度は20%を超えて添加剤で投薬したこともあったが、最近では10%以下にとどまることがほとんどだと言う。そして、離乳後事故率は徐々に減少傾向にあり、改善されてきている。

「やれワクチン、やれ投薬で、らちがあかないと感じながらも、そこから抜けきれず、結局はAPPが動いて事故率が上がって増体も落ちるということを繰り返してきた。しかし、IPCの成果が見えるようになってきたことで、まだまだ納得できる成績には達していないけれども、何かことが起こっては対応に追われてきたのが、後手に回ることが少なくなってきた。皆、考えて行動するように成長してきたのはありがたいことだ」と、山﨑社長は一歩前進した成果を素直に喜んでいる。

大竹聡獣医師の助言を受けながらの現場ミーティング

担当の 3人、口を揃えて IPCを勧める

これまで、養豚専門の獣医師の視点や、ベテランの経営者や従業員が長い経験のなかで培った感覚でしか見つけられなかった、“一見健康に見えるなかでの病気の徴候”、即ち「A豚」を、具体的な観察のポイントを学習し、実践における試行錯誤のなかでそのイメージを脳に焼きつけることで選別することを、IPCが可能にした。IPCを始めてから約半年、近江、宮古、沼田の3人はIPCの効果を実感し、口を揃えて他農場にもその実践を勧める。

宮古がこう言った。「IPCは、やれば農場の成績は必ず上がると思う。成績が上がれば待遇も良くしてもらえる!」。

Vet's コメント

IPCを実践しようとすると、どんな農場でも現場では「手間がかかりそう」という印象が先行するものです。実際、最初は苦労すると思いますが、やっていくうちに整理されて楽になっていくので、そこは恐れずにトライしてほしいです。三沢農場の場合も、回を重ねるごとにチーム内の豚を見る目のブレは確実に縮まっていきましたし、それに伴って豚の状態も良くなっていきました。1回ごとの結果を検証することが大事で、それを繰り返すことで、V字回復とはならなくても、着実な右肩上がりの改善につなげていくことが重要です。

大竹 聡(㈱スワイン・エクステンション&コンサルティング)