CASE STUDY

導入事例

IPCへのチャレンジ
株式会社三沢農場
01

現場に応じたアレンジで作業性と効果両立

2019.8 Pig Journal 編集部

三沢農場における最初のIPC(豚の個体診療)のトライアルは困難を極めた。1ロット約1400頭の肥育豚から、何と400頭以上が「A豚」として選別されたのだ。“A豚には3日間連続でペニシリン治療”が事前に決めた対応だった。6人がかりで翌日も翌々日も、日に日に増えていくマーキングした豚の治療に追われた。報告を受けた管理獣医師の大竹聡は、「これでは続かない。豚が元気になっても従業員がもたない…」と直感。迷うことなく、IPCの“やり方”をアレンジした。

ツーサイト化でもち越した課題が尾を引いた!

青森県三沢市の㈱三沢農場は、母豚2700頭規模のツーサイト農場で、岩手県久慈市の久慈繁殖農場で生産された子豚を3週齢で離乳し、約90㎞離れた三沢肥育農場に移動する。毎週約1400頭を受け入れて離乳舎に収容し、60日齢前後で肥育舎に移す。農場は現在、離乳舎担当4人と肥育舎担当8人で管理している。IPC導入のプロジェクトは、入社11年目で肥育部門の責任者である近江竜二を中心に、宮古諭志と沼田文明がサポートする形で立ち上がった。

農場設立当初は三沢市で母豚1200頭の一貫生産を行っていたが、社長の山﨑聖が2000年に後継者として実家に戻って3年後に久慈農場を加えてツーサイトシステムに移行した。山﨑は、「繁殖農場がPRRSフリー、APPもフリーという環境で順調に離乳豚が生産できるという条件に恵まれている。肥育農場での成績をさらに改善し、ツーサイトにしたメリットを最大化できないか考えていた」と振り返る。そうしたなか、4年ほど前に大竹聡獣医師(㈱スワイン・エクステンション&コンサルティング)に現状打開のサポートを依頼することになった。 肥育農場に転じた三沢市のサイトがさらに生産性を上げるためには、清浄な離乳豚を受け入れるにふさわしい状態を確立する必要があった。「状況をある程度聞いて農場に入りました。どこかでパーシャル・ディポピュレーション(離乳舎あるいは肥育舎の総入れ替え)を行うことと、環境コントロールを改善していくという認識を山﨑社長と共有しました。それには施設整備も必要ですが、すぐに手をつけられるものではない。そこで、現状の豚舎で管理体制を整え、豚舎の回転を良くしていくにはどうするか、ということを検討しました」と大竹獣医師。ゾエティス・ジャパン㈱から提案されたIPC(豚の個体診療)を取り入れることにしたのである。

当初一貫生産だった三沢農場。ツーサイト化し現在は肥育サイト
現場で大竹獣医師からアドバイスを受ける(左端から)沼田、近江、宮古(右端)

IPC導入初回で3割近くが治療対象に!

IPC導入に際し、山﨑社長が1つだけ大竹獣医師に求めたことは、「従業員が主体的に取り組んでいける形をつくってほしい」ということだった。その意図をくむ形で、従業員によるワークショップを実施した。日常の業務をワークシートに書き込んでいくのだが、病豚の見方やその対応方法が、実は担当者によって異なることを従業員がお互いに気づくことになった。どのような対応がベストなのかを従業員が考え、アクションプランに落とし込んでいく。また、ベテランと新人を3人1組にして、座学で学んだ“A豚”のイメージを基にそれぞれ選んだ豚が本当にA豚なのか、実際に農場に入り、議論しながら3人の“目合わせ”も行われた。ベテラン従業員の知識と経験がIPCという枠組みを通して伝授されていった。

2018年12月に開催されたワークショップの様子
ゾエティス・ジャパンが提供している「IPCカウントカード」に、治療した豚の数を「正」の字で記入していく

ワークショップを踏まえて最初にIPCに取り組んだのは2018年12月20日のことで、事前に定めた「IPCグリッド」と呼ばれる一覧表にまとめたアクションプランのとおりに対応した。2019年1月14日までに毎週1回ずつ計4回、病豚の頭数をレベルごとに記録し、社長に報告した。その初回の結果が、冒頭に示した“400頭の治療”であった。A豚の割合が10%を超えたら飲水による投薬を実施すると定めていたが、A豚を見つけては投薬という作業を終えたところ、20%を超え、3割に近づいていた。そのときのことを近江が振り返る。

「最初でしたから、おかしいと思った豚は厳しく“A豚”として選びました。記録した「正」の字を合計した結果、400頭を超えていたわけです。とにかくアクションプランどおりに、治療していきました。2日目、3日目と治療していくうちに新たな“A豚”を見つけて、治療対象がどんどん増えてしまいました。記録を集計してみて初めて、10%の飲水投与ラインをはるかに超えていたことに気づきました」。

1)群全体の動きを観察
2)A豚のターゲットを絞る
3)右手で注射
4)左手でマーキング
5)マーキングされた豚
表1 三沢農場・病豚別のアクションプラン(IPCグリッド)

アクションプランを躊躇なく見直し!

大竹獣医師が三沢農場の従業員と一緒に策定したIPCグリッド(アクションプラン)では、A~C豚ごとに、その症状(肺炎、下痢・腸炎、関節炎・神経症状、発育不良・その他)に応じた対処法が示されている(表1)。例えば肺炎のA豚の場合は、ペニシリンの投薬対象となるが、症状が進んでB豚と判定された場合、使用する薬剤が「ドラクシン」に変わる。

初回の結果を受けて大竹獣医師は、今回のIPCプロジェクトの目的が、①事故率を下げ増体を改善すること、②作業を増やすのではなく作業性を高めること、③コストを上げないこと、それらの目的に対する費用対効果を考えると、治療の必要がない豚にも投薬していた可能性が高いとの問題意識を近江らに伝え、躊躇することなくアクションプランの見直しを行った。その見直しとは、単純に言うと、「A豚は治療しない!」と決めたのである。即ち、大竹獣医師は、近江らが厳しく判断していったことで、言わば“早期A豚”と言うべき段階の豚にまで対応していたと判断した。

このまま続けていては、治療に追われて増体改善の目標に到達できないばかりか、IPCで得られるはずの投薬回数の減少、薬剤費の削減というメリットも得られない。そして、大竹獣医師にとって、近江が徒労感のなかで「投薬しているのに改善されない」と肌で感じた“気づき”が次のステップを踏ませる契機にもなった。

三沢農場では、“早期A豚”に対する投薬は停止して、IPC標準の本来のA豚に対する治療を最優先することとした。薬剤は大竹獣医師の判断により1回投与で効果の持続期間が長いドラクシンに変更し、治療回数を減らした。余裕ができた時間を、環境コントロールの改善に充てることが狙いである。(続く)

※ 要指示薬は、獣医師等の処方箋・指示により使用してください。

Vet's コメント

IPC(豚の個体診療)プログラムを、ただ単純に「A・B・C・E豚を見分けること」と誤解している人が多いように感じますが、それが本質ではありません。IPCとは、本来農場が求める“目的”を達成するためのあくまでも“手段”であり、その農場が求める“目的”とは何か?に応じて、IPCのアクションプランを臨機応変にアレンジして最適化していくことが重要です。

大竹 聡(㈱スワイン・エクステンション&コンサルティング)