CASE STUDY

導入事例

IPCへのチャレンジ
熊本興畜株式会社
03

規模拡大の要として個体診療への期待高まる

2019.5 Pig Journal 編集部

熊本興畜㈱、石渕大和社長は貪欲だ。現在の母豚600頭規模へと倍増を果たしたのはわずか3年前のことだが、2020年、オリンピック年を目標にさらに1200頭の農場を新設して、全体で1800頭に規模拡大する準備が着々と進んでいる。土地を確保し、設備投資、資金繰りにもめどを立てたなかで、残る課題は人材の配置である。個体診療(IPC)に取り組んだ成果が石渕の背中を押している。

IPC により治療回数は3分の1以下に!

藤本岬と黒谷一祥の肥育担当2人は、IPC導入から1年を経て、社長からのミッションを着実にこなせるようになりつつある。導入直前の2ヶ月間にはのべ7250回に及んでいた治療回数が、直近の2ヶ月間では2045回にまで減少した(表)。“A豚”の見極めに慣れなかった導入直後こそ治療回数は導入前よりも増えたが、日々の実践を重ねるうちに治療が減り、トータルの作業負担も確実に軽くなった。「経験の浅い自分たちに任され、最初はどうなることかと思いましたが、意外と早く豚を見る目はつきました」と藤本。死亡頭数は半減、離乳後の事故率も半減できて3%台で維持している。当然のことながら、治療回数が減った分、薬剤費も大きく下がった。さらに、様々な対応のなかで、増体や飼料要求率も改善されてきており、そこにはIPCの効果も反映されていると評価されている。

石渕社長が振り返る。「IPCの導入に踏み切ったとき、私が期待したのは単に投薬回数や薬剤費ではありませんでした。労働生産性を追求しているなかで、それらをいかに効率的に実現できるか、それを見極めたかった。だから、しばらくやってみて作業性が大きく落ちるようならやめていいと最初に指示していたわけです」。

石渕が“労働生産性”にこだわるのには背景がある。

表 IPC実施前後の治療回数・死亡頭数・事故率の推移
※ IPC導入に際しては、1回投与で効果の持続期間が長い注射薬として「ドラクシン」(ゾエティス・ジャパン㈱)を選択した
※ 他の対応との総合的な効果と判断されているが、IPC導入後、増体や飼料要求率など肥育成績の改善も見られている
最初はどうなるかと思ったIPCを短期間で的確にこなせるようになった藤本(左)と黒谷
労働生産を上げること、それが労働力不足のなかで養豚が規模拡大する要と考え実践する石渕社長
3週間に1度、ボーナス査定時の成績検討会の様子

デンマーク研修中の励ましの一言が転機に

石渕は就農に先立つ20 歳のとき、(公社)国際農業者交流協会の海外研修生としてデンマークに渡り1 年間、ファームステイする機会を得た。ある日スーパーで、「あなたはデンマークに何しに来ているの?」と店員の女性から声をかけられた。「実家の養豚を継ぐための研修に来ている」と答えたところ、「とてもいい仕事だから頑張ってね」と励まされた。自分が就こうとしている仕事が“いい仕事だ”などと言われたことも、思ったこともなかった石渕を、このひと言が変えた。「日本でも、養豚が一目置かれる仕事にしたい!」と。

ただ儲かるだけで“いい仕事” にはならない。地域に雇用の機会をつくり、雇った従業員には楽しくやりがいのある仕事を提供しながら、ともに豊かになっていく。そういう根本的な考え方が、①従業員1 人当たり売上1 億円(トヨタが1 憶2000万円)、②他産業並の高所得と週休2日制、③持続可能な自立型経営と、さらなる事業の拡大、という具体的な経営目標につながった。

スリーセブンの導入、ウィーン・トゥ・フィニッシュ豚舎の導入、豚舎ごとの毎日の給餌量を把握するための飼料タンクへのロードセルの設置、スマホを利用した日程管理や豚舎環境、生産指標のオンライン共有など、すべてこれらの経営目標を実現するツールとして活用されている。IPCもしかりだ。

オールアウト後、きれいに洗浄・消毒を終えたウィーン・トゥ・フィニッシュ豚舎

事故率改善にボーナスでモチベーションアップ

「IPCの導入によって、豚の健康状態を判断する力が洗練された効果は大きく、それがマニュアル化されたことで、新しく担当する社員にも、社員同士の日常作業のなかで教育訓練できるようになったことは非常にポイントが高い」と石渕は指摘する。治療に追われる仕事から解放されることで、限られた労力をよりやりがいのある、生産性の高い仕事に振り向けることも可能になる。

そのためには、評価に対する対価も惜しまない。熊本興畜では、農場の繁殖部門と肥育部門を網羅した“ボーナス”支給のシステムを構築した。それは、スリーセブンならではの3週ごとに、①平均離乳体重、②離乳頭数、③受胎腹数、④離乳後事故率、⑤平均出荷枝重、の5項目についてスコア化した点数を算定し、それを半年分合算して得点に応じたボーナスを支給する制度である。各項目、成績に応じて1~5点のポイントで、5項目全体の合計点数(最高25点)の半年分(3週×8クール、満点200点)の合計点に対し1点当たり3000円を、役職に関係なく全従業員に同額支給する。ちなみに、2018年上期の得点数は138点で、これに3000円をかけた41万4000円が全員に支給されている。この仕組みの優れたところは、繁殖と肥育の総合点で評価されるため、部門間で“競争”ではなく“協力”しなければ全体の点数が伸びないこと、3週ごとに点数算定するので、そのつど課題が整理され、すぐに現場にフィードバックできることにある。肥育部門については、例えば3週当たり事故頭数が30頭以下なら5点、31~35頭なら4点などのポイントが設定されており、藤本や黒谷のやる気を大いにあおっている。

「強気の待遇、教育システムだとは思いますが、ボーナスの支出の数倍の利益は会社に残るよう設計しています。少ない人数で労働生産性を追求しているからこそ可能なシステムだと思っています」。

長靴は使用後、靴底汚れがきれいに落ちているかどうか一目瞭然の形で整然と乾燥させる
道具置き場では5S を導入して整理整頓

おわりのない夢

石渕は1998年に21歳で就農したあと、2005年にスリーセブンを採用して規模拡大のビジネスモデルを自ら描けるようになった。父親から引き継いだ母豚150頭規模の農場を2013年に300頭規模に、2016年に現在の600頭規模に拡大した。今、2020年に3倍の1800頭になる計画が着々と進められているなか、従業員の確保が最大の課題となっている。

スリーセブンで豚の健康レベルを上げながら、作業の集中・分散を図り、ウィーン・トゥ・フィニッシュで施設生産性を改善し、それらにIPCが加わったことで生産成績と労働生産性が同時に改善できると確信されつつある。これらが実現できれば、より少ない人員で、成績を落とすことなく農場を回していける。熊本興畜の夢は2020年の母豚1800頭からさらに先を見据えており、新しいもの、良いと評価されたものを貪欲に採り込んでいく仕事ぶりには、まだまだゴールが見えない。(完)

限りない夢を追いかける石渕大和42歳