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牛のレプトスピラ症

牛のレプトスピラ症

レプトスピラ症は人獣共通感染症の一つであり、病原性レプトスピラの感染によって引き起こされます。我が国では古くから人や犬の感染症として認識されてきましたが、諸外国では牛においても広く浸潤し、その対策および予防は、「標準的に実施される」重要な疾病の一つに挙げられています。

 

病原体

レプトスピラはスピロヘータ目レプトスピラ科レプトスピラ属に属するグラム陰性のらせん状の細菌(図1)で、人や動物に対して病原性を示す病原性レプトスピラは14種あり血清型は250種以上に分類されます。レプトスピラは熱(50℃10分間、60℃10秒間、血液中では50℃30分間で死滅)、乾燥、酸に弱く、ほとんどの消毒薬にて容易に殺菌できますが、淡水中や湿った土壌中では長期間にわたり生存が可能です。

 

感染様式

病原性レプトスピラは人や牛、豚、馬などの家畜、犬などの伴侶動物、ネズミ等のげっ歯目やその他の野生動物など、ほとんどの哺乳動物に感染することができると考えられています。
動物は、特定の血清型を長期にわたって腎臓に保有する動物(維持宿主:表1)と,様々な血清型に偶発的に感染して急性症状を呈する動物(偶発宿主)に分類されます。
病原性レプトスピラは動物に感染すると血流に乗って腎臓に到達し、そこで定着、増殖して一部は尿とともに排出されます。このように、主たる感染源は尿であり、尿や尿に汚染された水、土壌、敷きわら等と接触することで、表皮・粘膜を通じて感染することになります。以上のように保菌動物の尿により環境が汚染されると、野生動物や家畜を中心とした感染環が成立します(図2)。母子感染の場合、回復した新生子も保菌動物となり感染源となります。

 

牛のレプトスピラ症

牛は血清型ハージョと呼ばれるレプトスピラの維持宿主であり、2つある遺伝子型のうち、遺伝子型ハージョボビスが世界的に蔓延しています。最近のゲノム解析から、この遺伝子型ハージョボビスは牛‐牛間での伝播に特化し、牛に適応するように進化してきたことが推測されています。

血清型ハージョによる維持宿主感染と他の血清型による偶発宿主感染では,表2のような違いがあります。血清型ハージョによる維持宿主感染ではほとんどの場合、症状を示さないものの、泌乳牛が感染した場合は、乳量低下や無乳になる可能性があります。また妊娠牛が感染した場合、流産、死産、虚弱子などの繁殖障害を引き起こし、繁殖供用牛では授精しても不受胎となる不妊の可能性も指摘されています。また、血清型ハージョの抗体を持っている乳牛は持っていない乳牛に比べて、空胎日数が長く、受胎までの人工授精回数が多かったという報告もあり、総じて受胎率への負の影響が示唆されています。特に「ハージョボビス」は繁殖障害の中でも特に早期胚死滅[1]や妊娠Ⅰ期の流産[2]への関与が海外の成書や文献で示されています。(表3)

  維持宿主感染 偶発宿主感染
原因菌 血清型ハージョ 血清型ハージョ以外
急性期の臨床症状

多くは無症候

乳量の低下,無乳

発熱,溶血性貧血,血色尿,黄疸

乳量の低下,無乳
繁殖障害 流産,死産,虚弱子牛,不妊 流産,死産,虚弱子牛
流産

感染4~12週間後

すべてのステージ

感染1~6週間後

妊娠後期
腎臓への定着

長期間定着

一過的

表2.ウシにおける維持宿主感染と偶発宿主感染

 

国内における血清型ハージョの浸潤率

酪農学園大学 菊池らが2001年から2002年にかけて実施した乳牛の全国的な抗体調査では、30%以上の農場が陽性を示し、特に北海道において陽性率が高かったとの報告があり、血清型ハージョが国内においても広く浸潤していることが明らかとなっています(表4)。

また、国内における血清型ハージョの遺伝子種(レプトスピラ・インテロガンスあるいはボルグピータセニイ)の浸潤状況を確認するため、食肉処理場で採取された牛腎臓207個のうち、リアルタイムPCRでレプトスピラ属菌16S遺伝子が検出された50個についてレプトスピラ・ボルグピータセニイ血清型ハージョ特異的PCRによる検索を行いました。この結果は98%(50検体中49検体)の腎臓が陽性を示し、遺伝子種であるレプトスピラ・ボルグピータセニイ血清型ハージョ(遺伝子型ハージョボビス)が国内飼育牛に浸潤していることが明らかとなりました[3]。

 

人のレプトスピラ症

人のレプトスピラ症は急性熱性疾患で、風邪様の軽症から、黄疸・出血・腎不全を伴う重症型までその臨床症状は多彩です。発症者の5-10%が重篤化しますが、多くの場合は感染しても症状を示さない不顕性感染であると考えられています。

国内において、家畜が原因となった人の感染例はありませんが、海外では畜産業に従事する人の職業病のひとつとして認識されており、オーストラリアでは全患者の23%、ニュージーランドでは80%以上が家畜の生産者や食肉加工従事者であるとの報告があります。特に酪農従事者においては、主たる感染源が尿であること、そして急性感染期の乳も感染源となる可能性も考えられますので、作業中に感染する危険性があることを認識する必要があります。

 

牛レプトスピラ症対策とワクチン

急性期の治療には抗菌剤も応用されていますが、慢性期に移行し、腎臓に長期定着しているレプトスピラに対しては通常の用法用量では完全な排除は期待できないとされています。したがって、感染動物に対しては抗菌剤による治療と共に感染拡大を防ぐための隔離、そして消毒と乾燥化等の飼養環境の改善が必要となります。

(ワクチン)

既に海外で標準的に使用されているワクチン(スパイロバック)がH25年6月に新発売されます。血清型ハージョ遺伝子型ハージョボビスを含有抗原とする不活化ワクチンで国内初となる牛レプトスピラ(血清型ハージョ)の“感染予防”ワクチンです。

100%の感染予防を実現させたことで、牛群をレプトスピラ・ハージョボビスに対してフリーな状態に維持することができ、経済的には受胎率の向上と人獣共通感染症の観点では従事者への伝播阻止という2つの意味において貢献できる新しい分野のワクチンです。

 

まとめ

  • 病原性レプトスピラは人獣共通感染症の一つである。
  • 牛はレプトスピラ(血清型ハージョ)の維持宿主である為、外見上ほとんど臨床症状を示さないが、繁殖障害、特に早期胚死滅や早期流産等の早期不受胎への影響が示唆されている。
  • 国内における血清型ハージョの浸潤率は約30%以上であり、且つ血清型ハージョの内、遺伝子型ハージョボビスが広く浸潤していることが明らかとなっている。
  • H25年6月に新発売されるスパイロバックは100%の感染予防を実現させ、牛の受胎率向上と従事者への伝播阻止に貢献できる。

 

本稿は、菊池直哉:臨床獣医, 31(4), 34-38(2013) および、小泉信夫ら:臨床獣医, 31(5), 39-42(2013)を基に再構成しました。

引用文献

  1. Rebhun's Diseases of Dairy Cattle  2nd Edition (2007)
  2. R.H. BonDurant : Theriogenology 68 (2007) 461-473
  3. スパイロバック申請資料(ゾエティス・ジャパン社)

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