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動物薬業界のグローバルリーダー企業であるゾエティスの日本法人社長・加藤が、業界や業種の壁を越えてさまざまな人物と対談を行うスペシャル企画の第12弾。今回は優勝回数45回を誇る現役横綱・白鵬関をゲストに迎え、長年にわたりトップの座を維持してきた大横綱の「勝ち続ける」秘訣に迫る。

加藤 克利
KATSUTOSHI KATO

ゾエティス・ジャパン株式会社代表取締役社長。1966年7月4日、東京都神田生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て米大学院に留学しMBA取得。2010年、ファイザーにコンパニオンアニマルビジネス統括部長として入社。16年ゾエティス・ジャパンの代表取締役社長に就任。18年より日本人初のインターナショナルのバイス・プレジデントに就任して日本に加え韓国も統括、20年からはアジア人初のシニア・バイス・プレジデントに就任して東南アジア、インド地域を含むアジア全体を統括。

白鵬 翔
SHO HAKUHO

大相撲・第六十九代横綱。1985年3月11日、モンゴル・ウランバートル生まれ。2000年、15歳で来日し、宮城野部屋に入門。初土俵は01年3月場所。04年1月場所から十両昇進、同年5月場所に新入幕。その後、小結、関脇、大関と順調に出世し、07年7月場所から横綱を務める。横綱在位83場所(歴代1位)。幕内最高優勝45回と16回の全勝優勝はともに史上最多。63連勝は双葉山に次ぐ歴代2位。生涯成績1187勝247敗238休(21年名古屋場所まで)。19年9月、日本国籍を取得した。


加藤克利
今回は横綱・白鵬関をお迎えしました。私は人生で最初の習い事が相撲であるくらい、幼少期から相撲が大好きなので、現役横綱をお迎えして今日はとても興奮しています。実は、わんぱく相撲の初代横綱でもあるんですよ。横綱、本日はよろしくお願いします。
白鵬翔
おお、それはすごい!こちらこそ、よろしくお願いします。
加藤
まずは7月の名古屋場所での優勝、おめでとうございます。6場所連続休場の後、7場所ぶりの出場で、まさか全勝優勝を飾るとは……。大変失礼ながら、正直、驚きました。
白鵬
私も、驚きましたよ(笑)。
加藤
横綱の初日の取り組みから、もうハラハラ、ドキドキ。でも場所が進むにつれ、段々強くなっていく横綱が見られて、素直に感動しました。進退のかかっていた場所ということもあり、相当に苦しかったのでは?
白鵬
本当に必死でした。実はこの場所では、立ち合いで踏み出す足を右足にしたんです。普段は左足からですが、それを変えました。
加藤
もしかして古傷の右膝をかばうためですか?それほど調子が悪かった……。
白鵬
そうです。この場所はなんとしても15日間、相撲を取りきらないといけなかった。左足から踏み出して当たったら、右足に体重が乗り、右膝に負担がかかる。そうなると15日間、膝は持たない。それで初日の明生戦で、右から踏み出してみたら、最後掛け投げで勝てた。これで 〝行ける〟 と思いましたね。
加藤
相撲において立ち合いは非常に重要です。そこで、いつもの足ではない方で踏み出す……。これは相当勇気のいる決断ですね。
白鵬
はい、簡単ではありませんでした。野球だったら右バッターがシーズン途中で左打席に入るようなもの。それくらい大変なことだったと思います。
加藤
横綱の初日の相撲の必死さ、観ているこちらにも伝わってきました。初日に勝って、これで最後まで行けると。
白鵬
はい。実は名古屋場所では10勝が目標だったんです。でも、全勝で10日目を過ぎ、その後も勝ち星を重ねることができました。それで13勝して、ここまで来たら優勝したいと意識し始めたんです。でも、14日目の相手は実力のある正代。正代には最後に対戦した2020年の春場所で負けていて、いくら頭の中でシミュレーションしても、負けるイメージしか頭に浮かばない。なので前の晩はほとんど眠れませんでした。それで当日の朝、立ち合いで離れてみよう、と決めました。ちょっと離れすぎましたけどね(笑)。
加藤
確かに土俵際、徳俵あたりまで下がったところから立ち合いましたね……。こうして名古屋場所の話を伺っただけでも、横綱の勝負にかける思いやこだわりがひしひしと伝わってきます。勝つこと、そして横綱という地位を守ることへのプレッシャーはいかばかりか、私には想像もできない。今日はビジネスの現場で戦う私に、横綱から「勝ち続ける秘訣」を教わりたいと思っています。思い切りぶつかっていきますので、よろしくお願いします。
白鵬
加藤さん、わかりました。どーんと来てください!
加藤
まず、ゾエティスの業務内容から説明しましょう。ゾエティスは動物用医薬品の開発・製造・販売を行う世界的なリーディングカンパニーです。私はゾエティスで日本法人の社長とアジア全体のリーダーを務めています。ゾエティスでは、コンパニオンアニマル、いわゆる犬や猫などのペット用の医薬品と、ライブストック、すなわち牛豚鶏などの畜産用の医薬品を扱っており、どちらも社会貢献度の極めて高い仕事だと自負しています。ペット用の医薬品は、大切な家族の一員である犬や猫の健康を守ることで、ペットと飼い主さんの両方に幸せを提供し、QOL(クオリティオブライフ)の向上を実現しています。また畜産用の医薬品は、我々が生きるために必要な安全な食の確保のために、必要不可欠です。
白鵬
食と言えば、相撲取りは食べることも稽古のひとつです。私は部屋に入ったばかりの頃は「もやし」と呼ばれたくらい細く、いっぱい食べさせられました。安心して肉を食べられたのは、加藤さんたちのおかげかもしれませんね(笑)。ゾエティスは業界最大手ということですから、ビジネスの世界では勝ち組ですね。
加藤
ありがとうございます。おかげさまでこのご時世にあっても業績は好調で、二桁成長を続けています。僭越ながら横綱の相撲に例えると、「連勝記録更新中」といったところでしょうか。だからこそ、私も勝ち続けることの難しさは実感していますし、勝ち続けている中で何を目指し、どう目標を持ち続け、そして組織全体のやる気を維持するか。私にとっての永遠のテーマです。その点を横綱はどうお考えですか?
白鵬
最近、ある人と話をしているときに、ちょうど目標の話になりました。その人はスーパーコンピュータの開発をしている人なのですが、最初から「すごいものをつくってやろう」とは思っていなかったそうです。しかし、日々の努力の結果、ものすごいコンピュータを作ることができたそうです。
逆にその人からも「横綱も入門したときにこんなに優勝するなんて思っていましたか」と聞かれましたよ。確かに、私自身も「45回も優勝できる」と思っていたわけではなく、気がついたらここにいたという感じです。また逆に、目標ということで言えば、昭和の大横綱、大鵬さんの幕内最高優勝記録(32回)を抜いてから、目指すものがなくなったと感じたことがありました。寂しさというのかな、「次はどうしよう」、「何を目指せばいいのかな……」と不安になったものです。
加藤
そのとき横綱は、どう解決されたのですか?
白鵬
幸い相撲界には数々の記録がありましたから、それらを次の目標にしました。北の湖さんの横綱在位場所数の更新だったり、通算1000勝の後は、1001勝を目指しました。マラソンの瀬古利彦さんがこんなことを言っていましたよ。レース中に何を目標に走っているのかと聞かれ、「目の前に見える電信柱を目指しています」と。その電信柱を通り過ぎたら、またその次、そしてまた次と。私もそういう感じで相撲を取っているのかもしれません。

加藤
一勝一勝の積み重ねですね。大変参考になるお話をありがとうございます。実は私が目標というものにこだわるのには理由があります。ゾエティスという会社は毎年各国で非常に高い目標を設定しています。全世界を見渡してみても、その目標を6年連続で達成できているのは日本だけなんです。今期もその目標達成に向け、7連覇を目指して社員一丸となって取り組んでいます。その姿は社長の私から見ても逞しく、非常に強い組織だと感じます。でも、過去を振り返ると、最初からそうだったわけではないのです。
白鵬
と言うと?
加藤
私が現在のゾエティス、当時のファイザーに入社したのが2010年。当時も目標はありましたが、それは達成するためのものではなく、どこか「達成できなくて当たり前」という意識が社内に満ちているのを感じました。誤解を恐れずに言うと、いわゆる負け犬集団でした。これではいけない、変えないといけないと考え、意識改革に取り組みました。
白鵬
どのような意識改革ですか?
加藤
「目標は達成して当たり前」という意識を組織内に根付かせるようにしました。そのためにはトップ自らが、それを示さなくてはなりません。まず自分がやってみせ、それを部下に言い聞かせ、実行させる。その後、結果が出たらきちんと褒める。実はこれ、連合艦隊司令長官・山本五十六さんの組織論「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」そのものです。もちろん最初からは思い通りにいきませんでしたが、愚直に取り組むことで、徐々に皆の意識も変わり、やがて常勝集団に変わっていきました。
私は山本五十六さんに限らず、トップに立った先人のやり方をかなり参考にしています。もちろん横綱の本も何冊か読ませていただきました。その中で一番感銘を受けたのが、負けた取り組みの分析を大事にしているという部分です。
白鵬
どんなところがビジネスにも通じましたか?
加藤
ビジネスの負け、つまり失敗の要因を追求することはとても大切です。同じ失敗を繰り返しちゃいけないし、失敗の中にこそ成功のヒントが隠されていることが多々あります。それに横綱の本に書かれていた「成功体験を捨てる」という言葉もとても頷けるものでした。一度成功したからといって次も同じようにうまく行くとは限らない。いかにそれを早く捨てるか、成功体験に浸っているとやられてしまうぞ、と書いてありました。これも肝に銘じています。

白鵬
過去の成功体験を捨てると言えば、世界のホームラン王と呼ばれた王貞治さんのお話が印象に残っています。王さんは一本足打法で知られていますが、王さんに聞くと、毎年打ち方は違っていたそうです。外から見ると同じ 一 本足ですが、そうじゃないんだと。毎年同じではあれだけホームランは打てないよと。
加藤
あの王さんですら、絶えず改善に取り組まれていたのですね……。横綱の相撲も場所ごと、いや、それこそ日によって常に進化し、変化している印象を受けます。
白鵬
私には好きな言葉があります。それは「型(かた)を持て、でも型にはこだわるな」というものです。
加藤
奥の深そうな言葉ですね。どういう意味でしょうか。
白鵬
何事においても基本の型は大切です。型もないのにいろいろやっても、焦るだけで結果は残せません。それは相撲に限らず、どんなスポーツ、そしてビジネスの世界も同じでしょう。一 方で、ひとつの型にこだわっているだけだったら、進化もないし、勝つことはできません。樹木でいえば型は根っこ。そこからでっかい幹が出て、枝が茂り、花が咲いて実がなる。根っこという型があるからこそ、幹は高く伸び、枝葉は広く成長する。枝葉は人間でいえば、様々なことに興味を持つということでしょう。型という根っこは大事だけど、ひとつのことだけにこだわっていては 〝勝ち組〟 にはなれない。今の時代、ビジネスの世界でもそんなことをしていたら、ライバルに置いていかれちゃいますよね。
加藤
おっしゃるとおりです。横綱の言葉をビジネスに置き換えれば、型というのは経営理論など学校で習うようなことでしょう。もちろん理論は重要です。でもそれだけで成功するのなら、世の中の会社はすべて成功しています。だからこそ型にこだわらず、どう工夫をし、柔軟性を持ってビジネスに取り組むのか。それがとても重要ですね。
白鵬
本当にその通り、私も勉強になります。
加藤
横綱に相撲のことだけではなく、ビジネスについても説いてもらうとは、これ以上の喜びはありません。さらに伺ってもよろしいでしょうか。
白鵬
もちろんです。
加藤
相撲に番付があるように、会社組織にも役職があります。 私は現在ゾエティス・ジャパンの社長であると同時に、ゾエティスのアジア全体を統括する役割を担っています。横綱は言うまでもなく大相撲界のトップです。横綱と大関、社長と副社長、世界は違えども組織におけるナンバー1とナンバー2、その立場の違いを横綱自身はどう感じてらっしゃいますか。

白鵬
こればかりは、トップに立ってみなければわからない、としか言えませんね。加藤さんもそうじゃないですか?
加藤
確かにトップの責任感、注目度、のしかかるプレッシャーは、社長に就任して初めて実感しました。
白鵬
私は大関を1年間務め、そのときは横綱という地位は、大関から番付一枚しか変わらないだけだと思っていました。それがいざ昇進してみると、山のてっぺんと麓(ふもと)、それくらいの差がありました。昇進の瞬間は、自分の仕事が成功したという意味で喜びがありましたが、その勢いだけで突っ走れるようなものじゃなかった。横綱という地位を守るということになると、これほど辛いものはありません。
加藤
横綱ほどではありませんが、私もトップの重責は常に感じますね。
白鵬
2007年に横綱昇進を果たした際、私は憧れだった大鵬さんの家を訪ね、4時間以上、じっくり話をさせてもらいました。そこで大鵬さんに言われたのが「わしは21歳で横綱になった。なったときに引退することを考えたよ」と。それを聞いた瞬間、全身に鳥肌が立ちました。大横綱と呼ばれた大鵬さんでもそんな弱気だったのかと。このときに「綱の重み」をずっしりと感じ、頑張らなきゃいけないなと思いましたね。
加藤
あの大鵬さんですら、それだけプレッシャーを感じていたんですね……。それは驚きです。
白鵬
その言葉を肝に銘じ、そこから1年頑張って、3年頑張って、5年頑張って……。10年頑張ったら違う景色が見ら張って、5年頑張って……。10年頑張ったら違う景色が見られるかなと思って頑張ったら、気がついたら15年が経っていました。
加藤
トップならではの重い言葉ですね。私もトップになったからこそ見える景色があることは日々実感しています。と同時に常に見えない刀を背負って仕事をしているつもりです。トップという責任のある役割、トップとして貢献できなくなったら、自らその刀でけじめをつけようと。特に失敗を恐れるようになり、消極的になったら、その時は退くときですね。嫌なのは失敗することではなく、全力を出さずに負けてしまうことですから。
白鵬
加藤さんはトップの重責と、とてもうまく付き合っているようですね。
加藤
ありがとうございます。私は社会においてトップを目指すことだけがキャリアではないという考えできました。しかしトップになった現在、1人でも多くの後輩に、今私が見ている世界を経験してもらいたいと強く感じます。それと縁というものを大切にしたい。2020年、アジア人初のシニア・バイス・プレジデントに就任し、アジア全体を統括するようになりましたが、もちろん自分の力だけでここにたどり着いたわけではありません。人との出会いだったり、縁というものが大切なんだな、と改めて感じています。
白鵬
それは私も思いますね。入門当時を振り返ると、モンゴルから何人かで日本に来て、私だけ、どこの相撲部屋からも声がかからなかった。次の日にはモンゴルに帰らなきゃいけないというギリギリのタイミングで、宮城野部屋から声がかかった。それは同郷の先輩・旭鷲山関のおかげでもあり、相撲人生の始まりからして良い出会いと縁、そして運があったからだと思っています。
加藤
横綱は縁や出会いとともに、運という言葉も大事にされていますね。
白鵬
土俵入りで使う太刀には私の好きな「夢」「心」「運」という3文字が刻まれています。2010年に4場所連続で全勝優勝を飾ったときには「自分は運がある人間です」と発言しました。運というのは、勝手に転がり込んでくるいわゆるラッキーとは違い、努力した人にしかついてこないものだと思います。しかも生半可な努力ではなく、一生懸命、努力したからこそたくさんの運がついてくるのではないかと……。
加藤
私も相当運がある人間だと思います。たとえばくじ運は非常にいいし、それこそ狭き門で知られる東京マラソンの抽選を3年連続で突破したんです。まあ、これは単にラッキーの範囲ですね(笑)。しかし横綱の言われる、頑張らないと運は来ないという言葉には納得です。ビジネスの現場では、頑張ってきたからこそ、最後は運が味方してくれた。そういう場面が何度もありました。横綱にも、横綱の努力、頑張っている姿を見ている相撲の神様が味方してくれているんじゃないでしょうか。
白鵬
それは本当にそう思いますね。だって今の現役力士の中で、自分が一番稽古をしていると自負していますから。
加藤
さすがです!練習は絶対に裏切らないですよね。しかし、横綱は15歳でモンゴルから来日し、右も左もわからないまま角界入りした。最初はさぞかし辛かったでしょう?
白鵬
先に良い部屋に入ったと言いましたが、稽古はとてもきつかった。新弟子時代は1日に何度も泣いていましたよ。稽古がきつくて泣き、夜は翌日の稽古のことを考えて泣く。その繰り返しでした。
加藤
モンゴルに帰りたくなりませんでしたか?

白鵬
そりゃ、何度も……。故郷が恋しくなったことは 一度や二度じゃありません。でも、私は親父が偉大過ぎたので、このまま帰ったら親父の顔に泥を塗ることになる。だから、相撲の世界で何かを成すまでは帰れませんでした。
加藤
横綱のお父さんはメキシコ五輪レスリングのメダリストで、モンゴルの英雄ですね。相撲を始めたのは、お父さんの影響も大きかったんでしょうね。
白鵬
はい。親父は初代・若乃花さんと交流があり、家には日本の相撲雑誌があって、私も子供の頃からそれを見ていました。そのうち衛星放送で大相撲中継が見られるようになり、そこでモンゴル出身の旭鷲山関や旭天鵬関の活躍を見ました。小さい頃は雪の上に円を描いて、友達と日本式の相撲をとっていたんです。
加藤
横綱のお父さんが亡くなられたのは2018年ですよね。奇しくも私の父も同年に亡くなりました。
白鵬
加藤さんのお父さんは何をされていた方ですか?
加藤
うちはもともと神田で足袋屋などを営んでいた商家の出でした。父は世界大恐慌の年に生まれ、10代で戦争を経験し、空襲で家も店も焼けたり苦労をしましたが、家族のために 一 生懸命働いていた姿を今もはっきりと覚えています。とても真面目な人で、その父からいつも言われたのが「人の苦労も買って出ろ」ということでした。
白鵬
おお、今はなかなかそういう人はいませんね。
加藤
その言葉、父から何千、何万回と言われたこともあり、人の苦労も買って出ることが、知らず知らずのうちに身に付いていました。社会人になり会社に入ってからも、誰もやりたくない嫌な仕事を上司が振ってきたら、率先して手を挙げていました。それを見て、まわりは馬鹿なやつだと思っていたでしょうね。でも、いつの間にかそれが当たり前になっていましたし、そういう経験があったからこそ、今の自分がいるのだなぁと、つくづく感じます。
白鵬
糧になっていると?
加藤
そう、人が嫌だなと思うような仕事をする、そうした苦労の中にこそ宝物がある、と考えるようになったんです。いろいろな仕事をすることで経験が積めたし、自分の成長にもつながりました。普通はコンフォートゾーンから飛び出し、その結果、成長できた。私は父の教えで社会人として大きくなれたと思っています。
白鵬
若いときにはそうした地道な苦労よりも、早く結果を出したい、と焦ることがあります。でも、加藤さんはその苦労があったからこそ、今があるということですね。
加藤
横綱を前に口幅ったい言い方ですが、相撲でいえば四股、すり足、鉄砲といった基礎と一緒なんでしょうね。それをやったから明日すぐに勝てるわけじゃない。でも、基礎ができていないと大きく育たない。
白鵬
本当にそのとおりです。地道な基礎をやっておかないと相撲は強くなりませんから。
加藤
今日お話を伺って、横綱はそうした努力の上に、さらに創意工夫をされているのが強さの秘密なんだなと感じました。そうして強さを求めることが、モチベーションを保つ秘訣なんでしょうね。
白鵬
自分でもそうだと思います。では、加藤さんのモチベーションは?
加藤
まずゾエティスがアジアでナンバー1を獲ることです。ゾエティスはビジネスサイズで世界トップですが、アジアではまだ3番目です。現在上位を猛追中で、2年後にナンバー1になると大きな目標を立てています。それともうひとつ、日本国内においては「業界メジャーリーグ化構想」をテーマに掲げ、その実現も私のモチベーションになっています。
白鵬
メジャーリーグ化構想とは、どういったものでしょう?
加藤
先にも述べたとおり、動物用医薬品を手掛ける弊社の業務は、非常に社会貢献度の高いものです。ただ、その貢献度と比べて、社会認知度は決して高くない……。メジャーリーグ化構想によって一般の認知度を上げ、そうすることでさらに優秀な人材を業界に呼び込みたい。それが業界全体の発展と成長の原動力になり、業界の魅力度がさらに増していく。業界大手として自社の成功だけでなく、そうした業界全体の発展に取り組むことも使命だと思っています。そして、その鍵を握るのが次世代を担う子供たちです。社会貢献活動を通じ、子供たちに動物医療業界のことを知ってもらい、この業界に対し、夢を抱いてもらいたい。将来、獣医師や研究者となった彼らと一緒に働けたら良いなと。それが私自身のモチベーション、そして夢でもあります。
白鵬
私は小中学生を対象とした白鵬杯を2010年から始めました。初めの頃は勝手もわからないし、人も集まらないし、苦労しました。
加藤
会場の国技館を借りたり、それは大変だったでしょう。
白鵬
はい。でも、子供たちの涙や笑顔を見ると、また来年もやろうと思って、気がついたら10回を数えました。全国から1200人から1300人の参加者がいて、来年からは幼稚園児や女の子にも参加してもらおうと思っています。サッカーは幼稚園児も対象にした大会をやっているようなので、それにならって、白鵬杯も門戸を広げてみようかなと思っています。
加藤
それは素晴らしい……。白鵬杯出身で大相撲に入った力士もいましたよね。
白鵬
はい。第1回大会の団体で優勝し、私がメダルをかけてあげた子が、現在幕内で活躍している阿武咲です。昨年の春場所では私も対戦し、金星を献上しましたが、なにか恩返しされたようで良い気分でした。こうやって自分の活動が花開いているのは、やっぱり嬉しいですね。

加藤
少子化の今、子供たちを対象とした底辺拡大はスポーツに限らず、どの業界でも懸案事項です。横綱のそうした活動は、私の業界メジャーリーグ化構想と通じるものがあると強く感じます。私も自社だけが大きくなれば良いということではなく、業界全体の発展を第一に、メジャーリーグ化構想をさらに進めていきたいと思います。
白鵬
子供たちの将来のためにも、お互い頑張りましょう。
加藤
はい、元気が出てきました。さて、そろそろお時間となりました。この対談の恒例として、毎回、ゲストの方から私へエールをいただいています。横綱からも一言お願いします。
白鵬
やはり型を持ち、型にこだわらない、そういう会社づくりで世界に羽ばたいてもらいたい。あとは加藤さんの提唱する「業界メジャーリーグ化構想」にとても感銘を受けました。私も応援したいです。そして未来のある子供たちを応援するという意味では白鵬杯も同じです。加藤さんはこちらも応援してくださいね。
加藤
相撲もそうですが、横綱、最後はビシッといい形で締めましたね……(笑)。横綱に言われた「型」の話を肝に銘じ、〝かた破り〟な経営者として、これからも精進してまいります。そして、私から横綱へ、御礼を述べさせてください。いつも横綱の相撲には勇気づけられてきました。改めて先場所の優勝おめでとうございます。休場明けで満身創痍の中、そして大きなプレッシャーのかかる中での全勝優勝、本当に感動しました!今日はありがとうございました。