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動物薬業界のグローバルリーダー企業ゾエティスの日本法人社長・加藤が、異業種のさまざまな人物と対談を行うスペシャル企画の第8弾。今回は、前人未到の通算4000勝を達成した競馬界のスーパースター・武豊氏に海外挑戦の背景、馬の個性の活かし方、そして勝ち続ける秘訣を聞いた。

加藤 克利
KATSUTOSHI KATO

ゾエティス・ジャパン株式会社代表取締役社長。1966年7月4日、東京都神田生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て米大学院に留学しMBA取得。2010年、ファイザーにコンパニオンアニマルビジネス統括部長として入社。16年ゾエティス・ジャパンの代表取締役社長に就任。18年より日本人初のインターナショナルのバイス・プレジデントに就任して日本に加え韓国も統括。

武 豊
YUTAKA TAKE

日本中央競馬会(JRA)騎手。1969年3月15日、京都府生まれ。87年3月1日、阪神競馬場でデビュー。初勝利は同月7日の阪神3R。G1初制覇は88年菊花賞。89年、初のリーディングジョッキーに輝き、現在まで18回獲得は歴代最多。07年、JRA通算勝利を更新(2944勝)し、18年9月29日、前人未到のJRA通算4000勝を達成した。


 
加藤克利
武さん、今日はどうぞよろしくお願いします。
武豊
こちらこそ、よろしくお願いします。
加藤
いきなりですが、去る7月30日、歴史的な名馬であり、武さんとのコンビで無敗の三冠馬となった「ディープインパクト」が急死という報せが届きました。これにはびっくりしましたね。
僕も驚きました。ちょうど札幌競馬場でレースがあり、レース後もそのまま北海道に滞在しているときに訃報が届きました。その日、帰る予定だったのですが、どうしてもディープインパクトに会いたくて牧場へ直行しました。
加藤
ディープインパクトとは最期のお別れはできましたか?
僕が駆けつけたときは病理解剖中で対面はできませんでした。でも、馬房の前で手を合わせてお別れをしてきました。
加藤
最期はどんな言葉を?
とにかく今までお疲れさまでした、と。調子が悪いと聞いていたので、もう種牡馬の仕事は忘れてのんびりしてほしいと思っていましたが、まさかこんなに早く……。本当に残念です。
加藤
NHKが夜のトップニュースで報道するなど、一頭の競走馬の死がこれだけ話題になるのは珍しいことです。
ディープインパクトのすごさ、そして皆さんに愛されていたことを実感しましたね。
加藤
では改めまして、ゾエティス特別対談を始めさせていただきます。この対談は各界のリーダー、トップの方々とのお話を通して私、加藤が動物医療業界のさらなる発展のためになるヒントを得られれば、との思いからスタートしたものです。今回も、前人未到のJRA通算4000勝を達成し、現在も第一線で活躍中の武豊さんから、勝ち続けるためのヒントや気付きを得られたらと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。まず、武さんにうかがいます。動物医療と聞くと、何を連想されますか?
うーん。ペット、特に犬や猫の薬ですかね。
加藤
動物用医薬品の開発・販売を手掛ける業界最大手のゾエティス・ジャパンの対象には次のものがあります。まずコンパニオンアニマル(伴侶動物)向けの薬、これは武さんのおっしゃられたいわゆる犬や猫といったペット用の薬です。それと豚、牛、鶏といった畜産用の医薬品があります。ペット用の医薬品は犬や猫の健康を守ることで、ペットとそのご家族の方々、双方に幸せを提供し、QOL(クオリティオブライフ)の向上に貢献しています。また畜産用の医薬品は、人間にとって安全な食の確保のために必要不可欠です。どちらも仕事を通しての社会的貢献度が極めて高く、社会にとって必要不可欠な業界だと自負しています。武さんは犬や猫、ペットは飼われていますか?
以前、実家で犬を飼っていました。ちょうどベガという馬で桜花賞を勝ったとき(1993年4月)にウチに迎えたので、そのままベガと名付けました。今は遠征などで家を空けることが多いので飼っていませんが、犬がいたときのことを思い出すと、本当に家族の一員でしたね。
加藤
ペットはまさに家族ですよね。犬や猫、ペットを飼うことは人間にとって非常にプラスになると言われています。家族の中に犬や猫がいると、お子さんたちは命の大切さを自然と学ぶことができますし、この上ない情操教育になります。またご高齢の方に"癒やし"を、そして生きがいを提供するのもペットの重要な役割です。
馬はどうなのでしょう?
加藤
馬は日本国内では頭数が犬や猫ほど多くないのですが、アメリカでは馬もコンパニオンアニマルとして可愛がられています。ですのでアメリカには、日本よりも大きな馬用の医薬品市場が形成されています。
たしかにアメリカに行くと、馬と人間がとても近い関係にあることを感じます。
加藤
そういえば先日、ゾエティスは馬のサプリメント会社であるプラチナム・パフォーマンス社を買収しました。
馬のサプリメントですか?
加藤
はい。このサプリメントは獣医師さんが処方するもので、たとえば関節の調子が悪い時など、馬の症状に合わせた栄養素の組み合わせで投与されます。人間のサプリメントと同様に馬の健康管理、健康維持のためのものだと考えていただければいいかもしれません。
それは馬に関わる僕としてはとても興味がありますね。競馬ではレース中に競走馬が骨折することがあり、そのときには馬はもちろん、騎手も危険な目に遭います。近年はそうした事故が減ってきていると現場の僕は実感しているのですが、それはひとえに馬を管理する人たちの努力と、まさに医療などの進歩によるものなのですね。馬のサプリメントも、競走馬の健康管理や維持、ひいては騎手の安全にもつながっていくようになってほしい。馬の健康のための製品をぜひよろしくお願いします。
加藤
日本一、いや世界一の騎手からお願いされて、できませんとは言えませんね(笑)。ご期待に添えるように頑張ります。ところで、デビューから32年、それ以前に幼少の頃から競走馬と携わってきた武さんくらいになると、馬の気持ちがよくわかるんじゃないですか?
そうだったらどんなにいいか、といつも思っています(笑)。調教でタイムが出なかったり、競馬では「馬にしか理由がわからないこと」がたくさんあります。「原因はなんだろう?」と騎手や調教師など人間同士で話し合いますが、はっきりした答えが出ない。そんなとき誰からともなく「馬がしゃべれたらなぁ」という声が漏れるんです。本当に馬語の翻訳機が欲しいと思ったことは一度や二度ではありません。
加藤
アハハハ。翻訳機ですか。そうですね、翻訳という意味では、我々は獣医師さんが人間と動物の間を取り持つ重要な存在だと考えています。しゃべれない動物の気持ちを汲み、適切な治療を施すわけですから。コンパニオンアニマルにおいても、頼れるのは近所の動物病院の獣医師さんです。
たしかに、ペットを飼っていたときには獣医師さんがとても頼りになりました。競馬の世界でも競走馬の健康を守るために、獣医師が大きな役割を果たしています。
加藤
ゾエティス・ジャパンでは、そうした獣医師の地位を向上させるための活動も行っています。獣医師という職業は人間を診る医師と同じように、あるいはそれ以上に立派な職業であり、夢のある仕事だ、と。これを子供たちに伝えて啓蒙していくことで、将来の職業として獣医師を志す子供たちが増えるようにしたいのです。また、獣医師だけでなく、動物用医薬品業界全体の認知度をアップすることで優秀な人材を呼び込むこと。そして業界そのものをさらに発展させていく、それが業界トップの我々ゾエティスの使命だと思っています。私はこれを 「業界メジャーリーグ化構想」と呼んでいます。
メジャーリーグとはいい響きですね。
加藤
ありがとうございます。「メジャーリーグ化構想」は業界の発展、そして認知度アップを目的としたものですが、その根底には私自身が抱いている危機感があります。ペットブームと言われている昨今ですが、実は日本の犬や猫の総数は減少傾向にあるのです。
えっ!?それは意外ですね。
加藤
犬の場合、日本では'08年をピークにその後、減少傾向にあります。猫も同じく'08年をピークに頭数が落ちていましたが、'11年から微増しています。ただ、増加といっても大きく伸びているわけではありません。そのような市場環境ですので、非常に危機感を抱いています。それで、ここからは社長として自慢させていただきたいのですが、そうした楽観視できる市場状況ではない中、ゾエティス・ジャパンは4年連続で2ケタ成長を達成し、5年連続も視野に入っています。
それはすごい!その秘密をうかがえますか?
加藤
ゾエティスは動物用医薬品業界において常に革新的、イノベーティブな製品を開発し、世に出し続けることを使命としています。他社の後追いをして似たような製品を出していては、最終的には価格競争になって市場が縮小してしまいます。いわゆる血で血を洗う、「レッドオーシャン」と呼ばれる状態です。私たちが目指しているのはそれとは正反対の世界です。革新的な製品を送り出すことで市場そのものを創造し、そして拡大していく「ブルーオーシャン戦略」です。たとえば私が社長に就任した'16年に犬のかゆみに対する革新的な製品を発売しました。かゆみというのは犬もつらいし、それを見ているご家族も本当につらい。そういう意味で、副作用のないかゆみの製品は、「なんとか発明できないものか」という皆さんの長年の願いを叶えた革新的な製品だと思っています。これにより市場が一気に広がりました。こうした革新的製品を出すことが市場の発展につながりますし、ゾエティスの成長につながっています。
では、加藤さんの社長就任以前と以後で業界がガラリと変わったということですか。
加藤
いやいや(笑)。そうありたいと頑張っているところですが、まだまだこれからだと思っています。以前、以後という点からすると、武さんがデビューしてから世の中の競馬に対するイメージが大きく変わりました。日本の競馬界こそ「武豊のデビュー以前と以後」に分けられるのではないでしょうか。
いや、どうなんでしょう。ただ僕がデビューした'87年から、日本中央競馬会が略称をJRAにするなど競馬界全体でイメージチェンジが図られました。
加藤
確か場外馬券売り場がウインズという名称に変わったのもその頃ですね。
はい。それと同時にオグリキャップなどのスターホースが出現し、以前とは違った層の方も競馬場に足を運ぶようになりました。それまでの競馬界を考えたら、どれもが革新的な出来事だったと思います。その後もG1レースが新設されるなど、この30年で競馬界は変わり続けています。そういう流れの中で僕自身は何をしたか? 特別に何か変わったことをしていたわけではありません。「勝ちたいな」「うまくなりたいな」と思いながら、常に馬に乗り、レースを走り、それを毎週のように繰り返してきただけなんです。それで気がついたらデビューから30年以上が経っていたという感覚です。

加藤
同じことを繰り返してきただけ、と簡単におっしゃいますが、実はそれが一番難しい気がします。しかも武さんは、その結果が前人未到の4000勝ですから、なおさらです。ビジネスの世界も同じです。成功への「魔法の杖」があるわけではない。「やるべきことを愚直に実行する」ことが成功への近道です。言葉にするととても簡単ですが、実際にそれができている会社や組織は少ないのです。だからこそ、それを実行できた会社が成功するのだと思います。ゾエティスはそういう会社であり、これからもそうありたいと常に願っています。
加藤
さて今回の対談で武さんに是非、おうかがいしたかったのがプレッシャーについてです。私も経営者としてお客様との大事な商談や、業界を代表して学会や大きな会議に出席して、そこで発表をすることもあります。また日本を代表してグローバルに対してプレゼンをする際にも、大きなプレッシャーを感じます。武さんは国内のG1はもちろん、凱旋門賞など海外の大舞台でも活躍しています。想像もできないプレッシャーがあるのでは、と推察しますが?
競馬で一番人気になるということは、それだけファンの人たちがお金を賭けているということです。G1なら金額も莫大です。それに対するプレッシャーは当然あります。でも僕の場合はその立場にいるのがとても嬉しいんです。大きなレースのときは朝から非常に気持ちが高揚していて、「早く馬に乗りたいな」「早くレースが始まらないかな」とウキウキしていますね。
加藤
ではファンファーレが鳴った瞬間のワクワク感は相当でしょうね。
はい。「おお、絶対に勝ってやろう。これで勝ったらもっと盛り上がるだろうな」とまで思うことがあります。こういう話をすると「余裕ですね」と言われますが、騎手になろうと思ったときから、そういう舞台に憧れていたので、まったくイヤなことではないんですよ。常に二番人気よりも一番人気になりたいと思っています。しかも、G1の一番人気でも普段と同じことをやるだけで何も変わらないんです。だから余計なプレッシャーを感じることはほとんどありませんね。
加藤
なるほど、プレッシャーをある意味楽しむという感覚ですね。私のプレッシャー対策を披露すれば、まずは準備を怠らないことですね。時間は無限にあるわけではないので、限られた時間の中で最大限の努力をし、商談やプレゼンに向けていかに準備を整えるか。それで十分に準備をしたあとは、「あとはどうにでもなれ」と。これは決してやけくそではなく、いい意味での開き直りです。武さんのおっしゃった「この立場になりたかったから、イヤではない」という言葉、とても胸に響きました。社長として大舞台に立つのは、今の私にしかできないことです。これからはその立場をもっと意識して、プレッシャーを楽しんでいこうと思います。
普段どおりというのは、大きな舞台ほど大切になってくると思います。G1で一番人気になった若手ジョッキーの雰囲気がいつもと違うときがあります。「あれ、こんなに無口だったかな?」と。それはプレッシャーから逃れようとしているからでしょう。こっちとしてはしめたものです。「これなら僕の馬にも勝つチャンスがあるな」と。
加藤
おお、怖い先輩です(笑)。でも、そうやって大舞台でも周りを見る余裕があるのが武さんの強さの秘密だとわかりました。
加藤
武さんは'00年はアメリカ西海岸、'01年と'02年はフランスを拠点にしていました。いわば海外挑戦のパイオニアです。海外への思いは昔から持っていたのでしょうか?
子供のときから、雑誌やビデオで見た世界のレースに憧れがありました。単純に「ここで乗ってみたいな」という思いを持ち続けていて、それを実現したかたちです。だから「日本の競馬を変えよう!」とか何か重いものを背負っていたわけではなく、単に「海外で乗りたい」というシンプルな思いだけでした。
加藤
アメリカとフランス、実際にレースを経験してみていかがでしたか?
どちらも居心地の良い場所でした。フランスは文化としての競馬、アメリカはスポーツとしての競馬という印象で対照的なのですが、どちらも僕の感覚に合っていました。これまでアメリカ、フランス、イギリス、ドバイ、トルコ、香港、韓国などいろいろな国や地域に行きましたが、競馬と一口に言ってもそれぞれに特色があって面白いですね。イギリスは競馬発祥の地としてロイヤルファミリーが来場されたり、歴史を感じる場所でした。ドバイは競馬が国をあげての事業になっていて、他の国にはない雰囲気があります。こうして各国の競馬を自分の目を通して知ることができたのも、海外に挑戦したからこそですね。
加藤
今は様々な情報をパソコンやスマートフォンで得ることができます。でも、やはり実際に行って体験することは重要ですね。私は学生時代、アメリカに留学したことが、ビジネスマンとしての原点になっています。1980年代、日本人が誰もいないアメリカの田舎町に留学しました。最初は英語も不勉強で言葉も通じず、もう自分がダメになって潰れてしまうのではないか、と思ったくらいつらい毎日でした。でもそのときの困難を乗り越えたことで、今もビジネスの場でも「やれないことはない」と強い気持ちで臨むことができています。
ゾエティスは外資系企業ですから、加藤さんも常に海外を視野に入れて活動されているんですよね?
加藤
はい。外資系企業の日本法人の社長という立場からの話をさせていただくと、私の使命は大きく分けて3つあります。ひとつはゾエティスという会社、そしてゾエティス製品の一番のセールスパーソンであること。次に「業界メジャーリーグ化構想」を謳っているとおり、動物医療業界の一番のセールスパーソンであること。そして最後が、日本人として世界に日本を売り込む一番のセールスパーソンであること。この3つです。これまで日本は他国からビジネスを学ぶというスタンスでしたが、もう、そんな時代ではありません。私も社長になって世界各国のゾエティスに日本のアピールを積極的に行っており、今では日本が世界の手本になっていると実感しています。ゾエティスでは毎年、世界各国の法人のトップが集まる会議があるのですが、そこで私は3年連続でベストプラクティス(成功事例)の発表をしています。これは1回発表するだけでもとても名誉なことなのですが、おかげさまで3回も大役を務めることができ、相当な日本の売り込みになっています。
おめでとうございます!加藤さんのそういう話を聞いていると非常に刺激的ですし、僕もまた改めて「挑戦」という気持ちが湧いてきました。海外では、まだアメリカでG1を勝っていないので、それを成し遂げたいですね。あとは第100回ダービーに出場するのも目標のひとつです。
加藤
第100回というと14年後ですか?
そうですね。そのとき僕は64歳になっています。でも、100回という節目のダービーに乗るために、そのときまで現役を続けたい。というか、騎手ではない自分になるのが想像できません。ずっと騎手・武豊でいたい。それが今、一番の願いです。
加藤
武さんはこれまでの騎手生活で何百頭、いや何千頭という馬に騎乗されてきましたが、一頭一頭、個性が違うのでは?

一頭として同じ馬はいませんね。競馬では逃げや追い込みという具合に馬によって脚質が違います。よく「逃げや追い込みはどうやって決めるんですか?」と聞かれますが、それこそ馬の個性なんです。ずーっと速く走らせた方が良い馬もいれば、前半は好きなようにやらせておいて最後だけ真剣に走らせる方が良い馬もいます。調教やレースでそれを探りながら、試行錯誤でやっているようなものです。でも一頭一頭、個性が違うというのが競馬の面白さでもあります。
加藤
個性を尊重して伸ばしていくという意味では、組織における社員の活かし方も全く同じですね。ゾエティスではストレングスファインダーという指標で社員それぞれの強みを明確にしています。これは欠点を修正するのではなく、長所を見つけ、それを伸ばしていくというものです。
ストレングスファインダーですか。
加藤
ストレングスファインダーによると人には34の資質があり、個人によって上位に来る資質が異なります。資質は共感性、コミュニケーション、ポジティブ、学習欲、分析志向などがあり、その人の上位の資質を特定し、日々の仕事の中で意識して効果的に使うことで、誰にもマネのできない素晴らしい「強み」になるというものです。私も当然、調べましたが、未来志向、最上志向、ポジティブ、達成欲が上位に来ていました。武さんはたぶん、私と似たような資質を持っていらっしゃると思いますよ。今度、やってみますか?
この歳になって自分のことを改めて知るのも怖い気がします(笑)。
加藤
4000勝を達成した武さんでも、負けたレースはその4倍以上あります。これまでで一番、悔しかったレースは?
これはもうハッキリと言えることですが、ディープインパクトに騎乗した'06年の凱旋門賞です。あのときディープインパクトは体調が悪かったのに、それでも3位でゴールしました。普通の馬ならレースに出られる状態ではなかったのですが、ディープインパクトだから出られた部分もあります。最後の直線でも本来のディープインパクトならもうひと伸びしたはずです。でも負けたからには「本調子なら勝っていた」「本当は世界一強い馬なんです」とは言えません。それが悔しいですね。もともと体質的に弱いところがあって、ちょうどあの凱旋門賞のときに底が来てしまいました。だから凱旋門賞に関しては思いが強くて、どうしても勝ちたいんですよ。それがディープインパクトの産駒だったら最高なんですが……。
加藤
武さんのような格好良い話は私にはありませんが、私もビジネスの場で、何回も悔しい思いをしてきました。悔しいどころか、恥ずかしい思いも散々してきました。でも、あるとき気が付きました。悔しさや恥ずかしさは次に向かう大きなエネルギーになるんだということに。ああいう思いを二度としないためにどうするか。失敗によって学ぶ機会を得られたと考え、悔しさを引きずらないようになりました。
それは僕も見習いたいですね。レースが終わった日曜日の夜は、負けたレースの映像も見たくないくらい落ち込んでいますから。
加藤
以前、この対談で上原浩治さんとお会いした際、メジャーリーグで救援に失敗したときの話を披露してくれました。翌日、落ち込んだままグラウンドに行くとチームメイトが上原さんに「コージ、スマイルだよ。今日は昨日とは違う、ニューデイなんだから」と。
「ニューデイ」、いい言葉ですね。日曜日の夜の自分のためにメモしておきます。

加藤
さて、そろそろお時間の方が迫ってきましたが、最後に動物医療業界の現状についてお話させてください。
ぜひお聞きしたいですね。
加藤
冒頭にも少し触れましたが、コンパニオンアニマル、いわゆるペットと暮らすことは人間にとって非常に大きな効能があります。お子さんの情操教育や高齢者の方には病気の予防や疾病症状の緩和など、動物との触れ合いは人を幸せにする無限の可能性を秘めています。そこでゾエティスでは現在、ヒューマンアニマルボンド(HAB)というコンセプトを掲げて活動しています。
ボンドというと、人と動物とのつながりということですか?
加藤
おっしゃる通りです。人の暮らしの中において、動物と触れ合うことで得られる効用をどんどん活用しようという考え方です。ゾエティスはこの5月にヒューマンアニマルボンドの世界初の認定企業になりました。ビジネスというよりも社会貢献という観点から活動を行っていて、日本では小中学生向けに動物の命の大切さを訴える授業プログラムの提供や、文部科学省主催の子供感謝デーに毎年出展し、動物クイズやセラピードッグとの触れ合いなどの活動を行っています。こうやって動物と人とのつながりを訴求しながら、引き続き業界そのものの発展に貢献できたらと思っています。
さて、そろそろお時間となってきました。最後に恒例になっています、私、加藤へのエールをお願いできますか。
今日は加藤さんのお話しをおうかがいでき、大変刺激になりました。騎手という立場からすると、この仕事は馬がいないと成り立ちません。犬のかゆみに効く革新的な製品の話がありましたが、馬の健康を守る薬が開発されることを願っています。
加藤
医療はどんどん進化していきますので、ゾエティスでは動物用医薬品でそれをサポートし続けていきたいですね。
そして加藤さんには志を貫いていただき、業界のリーダーとしてご活躍いただきたいです。あとは馬語の翻訳機ですかね(笑)。
加藤
わかりました。第100回ダービーのときまでには(笑)!しかし今日は武さんとお話しをさせていただき、業界の発展に向けてさらに気合が湧きました!今日は貴重な話をありがとうございました。