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動物薬業界のグローバルリーダー企業であるゾエティスの日本法人社長・加藤が、異業種のさまざまな人物と対談を行うスベシャル企画の第7弾 今回は元メジャーリーガーで現在読売巨人軍で活躍する上原浩治氏と対談した。幾多の苦難を乗り越え"世界一"に至った経緯を聞き、メジャーリーグの神髄に迫る

加藤 克利
KATSUTOSHI KATO

ゾエティス・ジャパン株式会社代表取締役社長。1966年7月4日、東京都神田生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て米大学院に留学しMBA取得。2010年、ファイザーにコンパニオンアニマルビジネス統括部長として入社。16年、ゾエティス・ジャパンの代表取締役社長に就任。18年より、日本に加え韓国も統括。

上原 浩治
KOJI UEHARA

1975年4月3日、大阪府出身。大阪体育大学から98年、ドラフト1位(逆指名)で巨人に入団し1年目から20勝をマーク。2009年、FAでオリオールズに移籍。13年、レッドソックスでクローザーとしてワールドシリーズ制覇に貢献した。18年、巨人と契約し日本復帰。日米通算134勝、104ホールド、128セーブ(2018年まで)。


加藤克利
上原さん、本日はよろしくお願いします。
上原浩治
こちらこそ、よろしくお願いします。
加藤
上原さんのことは新人時代から応援していました。憧れの選手を目の前にして緊張もありますが、実は他人のような気がしません。というのも、私は若い頃、上原さんに似ていると言われることがよくありました。私の方が年上なので、上原さんが私に似ていたことになりますけど(笑)。
上原
そうなんですか!?うーん、言われてみれば……。それを聞くと僕も緊張がほぐれて、急に親近感がわいてきました。
加藤
また外見と同じように我々は趣味や嗜好も似ているようです。上原さんも私と同じくお酒が大好きなんですよね。
上原
はい、好きですね。シーズン中は控えめに缶ビール程度ですが、オフは結構、飲みます。
加藤
ビール、ワイン、焼酎、日本酒とお酒ならなんでも飲まれる点も共通しています。さらに甘い物も?
上原
それも大好きです!
加藤
私もなんですよ。ということで今回は似た者同士、というとメジャーリーグでも活躍した大投手に大変失礼ではありますが、スボーツとビジネス、それぞれの世界でお互いが得たものに共通するところがあるのではないかと考えています。改めて、よろしくお願いします。
上原
はい。では乾杯、って違うか(笑)。
加藤
さて早速なのですが、上原さんがメジャーリーグに憧れたきっかけを教えていただけますか?
上原
アマチュア時代の経験からですね。日米大学野球やインターコンチネンタルカップなど国際大会に出場し、アメリカやキューバの強打者と対決しました。それで「こういう人たちともっと勝負してみたい」と思ったときに、どこで対戦できるのか?そのとき初めて「アメリカ」「メジャーリーグ」という場所を意識したんです。
加藤
当時のことを振り返ると、まさか本当にメジャーリーグで投げることになるなんて想像していましたか。
上原
いや、まったくないですね。というか僕は大学受験に失敗して、その時点で「もう野球ができなくなるかも」と、どん底を経験しています。大学に進むまではメジャーリーグどころか、プロ野球だって夢のまた夢の世界でした。

野球ができなかった1年19年のときの経験は打たれることよりも辛い

加藤
上原さんは大学受験に失敗して予備校に通っていた19歳の頃のことを「人生で一番辛かった時期」と振り返っていますね。代名詞でもある背番号19は、19歳のときの苦労を忘れないためというのは有名な話です。
上原
本当にあのときは人生で一番辛い時期でした。朝から晩まで勉強をして、少しでも学費の足しになればとアルバイトもしていました。そんな時期ですからボールを握ることもなかった。何が辛かったかといえば、先が見えないことへの不安、それが一番でしたね。
加藤
社会人でもなく、学生でもない。宙ぶらりんな状態ですよね。
上原
はい。そこから脱出するためには、とにかく大学に受かるしかない。そのために勉強、勉強。それだけの1年でした。
加藤
大学に合格したときの気持ちは?
上原
もちろんホッとしました。本当に人生の中であの19歳の1年間は忘れられません。加藤さんにも辛い時期ってありました?
加藤
私が辛かったのは19歳ではなく、22歳のときです。22歳で最初にアメリカに留学し、留学先に選んだのはオハイオ州の片田舎。しかも日本人は誰もいない学校でした。言葉もわからないし、文化も全然違う。さらに学生寮に入ったものだから、同室の学生ともコミュニケーションもとれないし、授業もちんぷんかんぷん。本当に辛かったのですが、逆に言えばあの22歳の1年間が自分の原点、そして精神的な支えになっているのかなと。あのときを思い返せば、何も怖くないなって思えます。上原さんもそうですか?
上原
はい。野球で打たれることよりも、やっぱり予備校に通っていた19歳の1年の方がしんどかったですね。
加藤
だからこそ忘れてはいけない1年だということなんでしょうね。では私が上原さんのように背番号をつけるとしたら22番ですね。
上原
僕とバッテリーを組めそうないい背番号じゃないですか(笑)。
加藤
上原さんは巨人時代、そしてFA移籍したメジャーリーグでも大活躍され、それを見ていた私は大いに励まされました。今、私はゾエティス・ジャパンという動物用医薬品の会社で社長を務めています。就任後、実は「業界メジャーリーグ化構想」というスローガンを掲げ、業界の改革に取り組んでいるところです。
上原
メジャーリーグ構想というネーミングからして、とても大きな理想があると感じさせられます。具体的にはどういうものでしょう。
加藤
私は「メジャーリーグ」という場所を世界中から超一流の選手が集まり、最高のプレーで人々を魅了する誰もが認める世界最高峰のリーグだと認識しています。そこで活躍する選手は知名度もあり、ファンから尊敬を集め、子供たちにとってメジャーリーグは憧れの存在です。
上原
確かにその通りです。
加藤
その中でも、特に私がすごく重要だと考えているのが、次世代を担う子供たちに夢と希望を与える存在であるという点です。プレーを見るだけで「将来は僕も」と子供たちが夢を描くことができる。それだけでメジャーリーグは社会的に意義のある存在だと思っています。翻ってゾエティス・ジャパンを含めた動物用医薬品業界全体を見た場合、手前味噌ながら仕事を通しての社会貢献という意味では非常に大きな意義があると思っています。でも、それに見合うだけの認知を得ているかといえば、残念ながらそうではありません。
上原
私もゾエティス・ジャパンがどのような会社なのか、詳しくは知りませんでした。失礼ながら、そこから教えていただけますか?
加藤
ゾエティスは動物用医薬品業界のグローバルリーダーです。犬や猫などコンパニオンアニマル(伴侶動物)、いわゆるペット用の医薬品、牛豚鶏などの畜産用の医薬品の開発・販売を行っています。愛犬や愛猫などの健康を守り、少しでも快適に長生きしてもらうことはペットの幸せでもあると同時にそのご家族の幸せにも直結します。また畜産用医薬品を開発・販売することで、安全な食の提供にも貢献しています。このように動物用医薬品というのは社会貢献度が非常に大きい業種なのです。
上原
なるほど。ペットを飼って、一緒に過ごすことの幸福は私も知っています。以前、犬を飼っていて、家族みんなでかわいがっていましたからね。天国に行ってしまったときは本当に悲しかったし、家族全員でお葬式もあげましたよ。
加藤
おっしゃる通りで、ペットというのは家族の一員ですよね。
上原
本当にその通りです。
加藤
ゾエティス・ジャパンについての話に戻しますと、コンパニオンアニマルや畜産を通じて非常に社会的意義のある仕事をしていながら、認知度が低いのが何とももどかしい。なぜ私が業界認知度のアップにこだわるかというと、認知度が上がれば業界の魅力が増し、優秀な人材が今以上にこの業界に入ってくると考えるからです。いい人材が集まれば業界の発展につながり、業界が発展すればさらに魅力度が増す。この好サイクルを作りたいと思っています。さらにもうひとつ。日本ではその高い社会的貢献の割に、あまり表立って評価されることの無い獣医師の方々の地位を向上させたいという思いもあります。
上原
獣医さんには犬を飼っているときに本当にお世話になりました。
加藤
子供たちが獣医師に憧れる、そういう環境を作りたいと考えています。ゾエティス・ジャパンではCSR(社会貢献)活動の一環として子供たちへの啓蒙も行っています。子供たちにペットと暮すことの素晴らしさを伝え、「獣医さんは夢のある仕事で人間のお医者さんにはできない素晴らしい仕事をしているんだよ」という普及活動も実施しています。
上原
子供が憧れてくれるというのは業界の将来の発展のためにも絶対に必要なことですよね。
加藤
上原さんにとっての「メジャーリーグ」の話に少し戻りますが、憧れだったメジャーリーグは実際に経験してみていかがでしたか?
上原
オリオールズに入ったとき、僕はもう34歳でした。野球選手としてそれほど先があるわけではない。幸い2年契約をしてもらったので「この2年で現役を終わろう」と思っていたくらいです。それならば2年間をどう楽しもうか……。そんなスタンスでマウンドに上がっていました。それが3年になり、4年になり、気が付いたらアメリカで9年間も投げていました。

ビジネスにも野球にも失敗や挫折はつきものそこから何を得るかが重要

加藤
やるからには楽しみたいという発想は、ビジネスでも重要ですね。仕事というのはだいたい辛いものですが、自分自身の取り組み方次第、考え方次第でいくらでも変えられると思っています。上原さんはその辺りをどう意識していましたか。
上原
メジャーリーグに行って、最初は不安だらけでした。まずは言葉の壁です。いくら通訳がいてもグラウンドに立てば、自分自身でどうにかしなくちゃいけませんからね。
加藤
日本とは文化も異なるので、それにアジャストしなければいけません。
上原
はい。ところがそのうちに日本にいたころにはなかった居心地の良さを感じるようになったんです。
加藤
それはどういうものでしょう?
上原
日本にいるとどうしても他人の目を気にしたり、他人と比較してしまうことがある。ところがアメリカは、自分は自分、他人は他人という文化です。それが自分の性に合った部分はありますね。
加藤
メジャーリーグ時代の上原さんの発言で印象に残っているのが、フォアボールを出すと「もったいない!」と言っていたことです。あの発言の真意を教えてください。
上原
先にも言ったようにメジャーリーグに行った当初は、そんなに長く現役を続けられると思っていなかった。良いバッターと対戦する機会も限られているだろうと。一期一会ではありませんが、そこでフォアボールを出すことは、せっかくの対戦機会を失うということです。せっかくアメリカにきた以上、メジャーリーグのすごいバッターと対戦して、やるかやられるかのギリギリの勝負がしたい。それがフォアボールではもったいないという発言の真意です。
加藤
打たれたとしても、そこに後悔はない、ということですね。
上原
そうです。抑えたら、もちろん良い思い出になるし、打たれたら悔しいですよ。でも、何年か経てばそれも記憶の財産になります。フォアボールではお酒の席でネタにもなりませんから。
加藤
ビジネスも同じです。挑戦した結果の失敗は後々糧になる。しかし最初から何もしなければ、得られものはありません。そういえば、上原さんはレンジャーズ時代、プレーオフで3試合連続ホームランを打たれました。攻め続けた結果の向こう傷でした。
上原
ああ、2011年のプレーオフですね。レイズとのディビジョンシリーズ第2戦でエバン・ロンゴリアに、タイガースとのリーグチャンピオンシップ第3戦でミゲル・カブレラに、そして第5戦ではライアン・レイバーンにホームランを打たれました。3試合連続被弾というのは、ポストシーズン史上初、今もワースト記録として残っています。
加藤
ワースト記録ですか!?
上原
はい。当時はむちゃくちゃ悔しかった。いやそれ以上にチームに貢献できていない、と落ち込みもしました。でも今振り返って考えると、メジャーリーグの歴史に自分の名前を刻んだわけですよ。ダメな方の記録ですけど(笑)。あと自分の名誉のために付け加えれば、2013年のポストシーズンでは史上最多タイの7セーブを記録しています。つまり良い方でも悪い方でも歴史に名を刻んだんです。両方とも胸を張れる記録です。
加藤
言ってみれば、記録にも残るし記憶にも残るということですよね。
上原
メジャーリーグファンの頭の中に「コージ」の名前が刻まれたのであれば、これ以上喜ばしいことはありません。ところで、加藤さんも手痛い失敗の記憶があるのでは?
加藤
そりゃ、ありますよ。というか、失敗だらけです(笑)。営業時代はなかなか結果が出なかったり、その後の役割でも失敗が続いたり…。でも、私がその経験から学んだのは失敗したとき、結果が出ないときにこそ、いかに踏ん張れるかが重要だということです。逆境において腐ることなく努力できるかどうか。そこが成長できるかどうかの分かれ道だと思うんですよ。それに成功からはなかなか学べないけど、失敗は、経験というかけがえのない財産を与えてくれますよね。
上原
確かに逆境でも諦めないことはとても大事なことです。野球でも結果に左右されることなく、いつも万全の準備をして日々のトレーニングに励む。これは一流選手なら誰もがやっていることです。

加藤
私の好きな言葉に、元イギリス首相、ウィンストン・チャーチルの言葉があります。これは彼が1941年に彼の母校で卒業生に向けて演説した時の言葉なのですが、私はその言葉を私の腕時計の裏に刻んであります。それは「ネバーギブアップ」という言葉です。彼は、その演説で他に何も話すことなく、ただ「ネバーギブアップ」を3回繰り返して舞台を降りました。私はその映像を見て、ものすごく強烈に心に響きました。なので、私の腕時計の裏にも「Never Give Up」が3行刻まれています。仕事でうまくいかなかったときや、何か失敗して打ちのめされそうになったときも、腕時計を見て決して「諦めないぞ」と誓ったものです。上原さんにもそういう座右の銘はありますか?

上原
メジャーリーグ時代にチームメイトから言われた「ニューデイ」という言葉は心に響きましたね。
加藤
ニューデイ、新しい日ですか?
上原
そうです。ある試合で打たれてしまい、随分落ち込みました。次の日の練習にも笑顔では行けないわけですよ。たぶん暗い顔をしていたんでしょうね。それを見たチームメイトが口々に「コージ、ニューデイ」って言ってくれました。「打たれることはある。完璧なヤツなんて誰もいないんだ。昨日のことは忘れようぜ」と。この言葉で気持ちを切り替えることができたんです。
加藤
映画「風と共に去りぬ」のラストシーンを思い出させますね。どん底まで落ちた主人公のスカーレット・オハラが「トゥモロー・イズ・アナザー・デイ」とつぶやきます。あれは和訳すれば「明日は明日の風が吹く」という意味です。悪いことが起きても、それを変に引きずらないようにしようという意味ではニューデイも同じですね。
上原
そうですね。本当にわかりやすくて、この言葉には何度も励まされ、そして救われましたよ。
加藤
上原さんは2018年7月に日米通算100勝100ホールド100セーブを達成しました。これは日本人初、メジャーリーグでも過去に1人しか達成していない快挙です。
上原
ありがとうございます。僕としては、結果としてそうゆう数字がただついてきただけで、トリプル100という数字そのものにはそう意味はないと思っているのですが、先発、中継ぎ、抑えと与えられた場所できちんと仕事をしてきた証かなと思っています。
加藤
先発、中継ぎ、抑えという配置転換は、ビジネスの世界なら「人事異動」です。会社には様々なセクションがあり、それぞれに役割があります。上原さんは先発、中継ぎ、抑えというポジションの「異動」についてどう感じていましたか?
上原
とにかく、そのポジションを与えられているときには、そこにプライドを持って投げていましたね。先発時代は先発にプライドを持ち、中継ぎや抑えのときには「先発がなんぼのもんじゃい」とばかりに鼻息荒くマウンドに上がったものです。それがまれに曲解されて伝えられることもあったりしましたが、与えられたポジションにプライドを持っていたことは間違いありません。それはどんな仕事でも同じじゃないでしょうか。ビジネスの場で言うならば、営業の人は営業のプライドがあり、総務の人には総務のプライドがある。それが仕事をする人のあるべき姿なんじゃないかな、と思います。
加藤
まさしくプロ意識ですね。任された仕事にプライドを持って全うする。実は、私自身、会社からアサインされた仕事を今まで断ったことがありません。よく周囲から、その仕事は外れだな、という話もあったりしましたが、私はどんなアサインメントも受けるようにしていました。期待されているからそういったアサインメントがあるわけで、だからこそ、そこで踏ん張って成果を出したいと思う。振り返ると、火中の栗を拾う人生、いや、火中に放り込まれるような仕事に身を投じてきたように思いますが、仕事を通じて、いろんな失敗を通じて沢山学んできたと思います。今は社長として社員に対してアサインする立場になりましたが、やはり組織としては能力のある人、仕事のできる人、そしてプロ意識を持った意欲のある人にこそ期待した役割を担ってもらいたい。なので、任された役割、アサインされた仕事は、期待の表れでもあるし、それぞれにプライドを持って全うして欲しいと思っています。
ところで、せっかくの機会なのでフォークボールの握りを教えていただけませんか。
上原
いいですよ。指の間を広げて、ボールに指をこうかけて……そう、そうです。

加藤
そういえば、上原さんの持ち球はストレートとこのフォークボールの2種類ですよね。球種を増やそうと思ったことは?
上原
先発時代、変化球が3、4種類あれば投球の幅が広がるかと考え、新しい球種に取り組もうとしたことがあります。チームメイトだった工藤公康さん(現福岡ソフトバンク監督)に相談したら、「それより今の球種を磨け」と言われました。それでフォークボールのブラッシュアップに取り組んだんです。
加藤
それが大成功だった、と。フォークボールという長所を伸ばした結果、上原さんは日本球界とメジャーリーグの双方で成功を収められました。私も社員の長所やストロングボイントを見つけ、そこを伸ばすことを意識しています。ゾエティスにはストレングスファインダーという研修プログラムもあり、自分の強みに気づき、その強みをさらに伸ばしていこうという内容のものです。社員同士でもそれぞれの強みを理解しており、あなたはこの強みを持っているから、この仕事を成功したんだね、というように日常的に会話の中でも使われています。そのプログラムを通じて分析された私の強みは、未来志向でポジティブということでした。だから人の悪い所や欠点を見つけるよりも、その人の良い所を見つけるのが好きなんです。社長になってからは、社員全員の持っている資質をより明確に把握して、社員それぞれの強みを引き出し、さらに伸ばしていくことに今、力を入れています。
上原
日本では逆に欠点を修正する方に力を入れてしまいがちですよね。
加藤
はい。そういう面は確かにあります。それが必要な時も勿論ありますけども、それよりも長所を伸ばしていく方が本人の取り組む意欲も異なってくるし、社員固有の強みを伸ばしていくことで、組織全体が強みで補完しあう形になる。お互いが協力し合うことで、組織の健全な成長が実現できる訳です。
加藤
昨今、野球界も変革の必要性が問われています。現役のプロ野球選手からも少年野球や高校野球などの問題点を提起する発言があり注目を集めましたね。
上原
現役選手が声をあげたことは、僕もとても勇気ある行為だと評価しています。僕がもし同じことを言ってたら、マスコミから激しく叩かれたんじゃないかと思いますし(笑)。実際、プロ野球は観客動員数も伸びていてエンターテインメントとしては人気を保っていますが、競技人口の減少は球界全体で考えなければいけない大きな問題です。そのためには、既存の組織をどうこうというより、色々としがらみがあるので、それこそ組織を一から作り直すくらいの思い切った大改革が必要なのかもしれないと思ったりします。
加藤
業界メジャーリーグ化構想を掲げて動物用医薬品業界の変革を目指している私としても、既存の組織や仕組みを変えることの大変さは身を持って感じています。
上原
加藤さんはどのように業界を変革していきたいと思っているのですか?
加藤
動物用医薬品業界というのは古い商慣習に縛られている部分が多々あります。ただ、私も古い物すべてをぶち壊そうとしているわけではありません。古き良き物は残し、変えるべきところは変えていく。具体的に言えば変革のポイントは以下の3つです。1つ目がイノベーションによる市場の活性化、つまり革新的な製品やプロセスを通じて、これまでにない付加価値を提供し、市場に新たなダイナミズムを打ち立てていくこと。2つ目がコンプライアンスの強化と徹底。動物医薬品・医療業界が他の業界のモデルとなるような、ルールを遵守したビジネス展開を進めていくこと。そして3つ目が業界の構造改革。メーカーや卸がそれぞれが役割の見直しと再定義をし、お客様にさらに高い価値を提供し、そしてお客様が望むものの実現を継続的にサポートすること。これらを真摯に取り組み続けていくことが業界の変革、つまりメジャーリーグ化につながってくると考えています。
上原
加藤さんへの賛同者も増えているのでしょうか?
加藤
はい。最初は私だけが孤軍奮闘状態でしたが、言い始めて3年、だんだんと仲間が増えてきました。彼らとともに業界メジャーリーグ化に取り組んでいこうと決意を新たにしているところです。
上原
いやあ、加藤さんの熱い思いを聞いていたら、プロ野球界も負けていられないという気持ちになりました。
加藤
私も1人のプロ野球ファンとして、より良い球界になることを期待しています。さて、最後に上原さんから私へのエールをお願いできますか?ひと言ぜひ宜しくお願いします。
上原
今日、話を伺っていると加藤さんからは先頭に立って何かを変えようという思いが強く伝わってきました。業界は違いますけど、僕もそんな思いで走ってきた身なのでわかるのですが、周りから叩かれることもあるんだろうと思います。でも、それを突き破って進んでいって欲しいですね。あと、ペットも今以上に家族同然の存在になっていくと思います。そのためにもペットができるだけ長生きできるようなサポートをお願いしたい。僕は今も犬が亡くなった時の悲しさを忘れられません。
 
加藤
亡くなったワンちゃんのためにも次の家族(ワンちゃん)を迎えるのもいいですよ。
上原
そうですか。では引退したら飼うことにします。今は、家族がアメリカの自宅で別れて過ごしていますからね。
加藤
アメリカでペットは?
上原
飼っていません。ただ、庭によく動物が来ていますよ。飼っていないのに、気がつくと鹿がいたりします(笑)。
加藤
アハハハ。それはいい環境ですね。では次のワンちゃんを飼うのは先になるでしょうが、それとは別にできるだけ長く現役を続け、私たちに勇気を与えてください。
上原
ありがとうございます。加藤さんにいい報告ができるようにこれからも頑張ります。