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動物薬業界のグローバルリーダー企業であるゾエティス の日本法人社長・加藤が、異業種のさまざまな人物と対談を行うスベシャル企画の第6弾 今回は世界ランクシングルス8位、 ダブルス1位の元プロテニス選手の杉山愛氏に個人の成長と組織の強化を促すコーチングの本質や「プロ」の定義について聞いた。

加藤 克利
KATSUTOSHI KATO

ゾエティス ・ジャパン株式会社代表取締役社長。1966年7月4日、東京都神田生まれ。大学卒業後、会社勤務を経て米大学院に留学しMBA取得。2010年、ファイザー(株)コンパニオンアニマルビジネス統括部長として入社。16年5月1日、ゾエティス・ジャパンの代表取締役社長に就任。18年3月1日より、日本に加え韓国も統括。

杉山 愛
AI SUGIYAMA

1975年7月5日、神奈川県生まれ。4歳からテニスを始め、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位。17歳でプロに転向し、34歳で引退するまで17年間、世界の舞台で活躍した。WTAツアーシングルス6勝、ダブルス38勝。世界ランキング最高位はシングルス8位、ダブルス1位。ダブルス1位。4大大会ダブルス3勝、混合ダブルス1勝。


加藤克利
杉山さん、本日はよろしくお願いします。
杉山愛
よろしくお願いします。
加藤
杉山さんはグランドスラムに連続62大会シングルス出場というギネス記録を達成するなど、日本を代表する女子テニスプレーヤーとして一時代を築きました。今回は現役時代の経験談を踏まえて、テニスにおいて重要な役割を果たす「コーチング」を中心にお話を伺いたいと思っています。
杉山
私もトップとして会社経営に携わる方とお話できる貴重な機会だと楽しみにしていました。加藤さんの経験談やお話を、これからの活動にいかせたらいいなと思っています。
加藤
実は杉山さんと私はひと回り近く年齢は違いますが、同じ7月、しかも1日違いの誕生日ということで気が合いそうな予感がしています。
杉山
えっ、そうなんですかー!私は7月5日で、加藤さんは4日ですか。
加藤
はい。では7月生まれの蟹座同士、仲良く会話のラリーを始めましょう。
杉山
よろしくお願いします。
加藤
早速ですが、2019年のスボーツ界は、大坂なおみ選手の全豪オープン優勝という大二ュースで幕を開けました。昨年、日本人初の快挙となった全米オープン優勝に続いてグランドスラム2勝目です。杉山さんは大坂選手のこの大活躍をどう見られていますか?
杉山
「いつかは勝つだろう」と思っていましたし、世界ランキングトップ10も、もうすぐだなと見ていました。でも、あんなに早く全米を獲るとは、本当に驚きましたね。今回の全豪制覇、そしてランキング1位ですから、もう「すごい!」の一言です。
加藤
杉山さんがそうなのですから、門外漢の私たちが「まさかっ!」と驚いたのも当然ですね。
杉山
1月に行われる全豪はシーズンが始まってすぐのメジャー大会なので、コンディショニングが難しいんです。そこで勝ったということは、オフの間に準備と心の備えができていた証拠です。精神面と技術面、両方が成長した結果でしょうね。
加藤
昨年来、大坂選手の活躍で再びテニスが注目を浴び始めましたね。
杉山
彼女の活躍はスポーツニュースに限らずワイドショーも含めて多くのメディアに取り上げられています。テニスの普及と強化に取り組んでいる私たちにとってもとても喜ばしいことです。
加藤
テニス業界にとって大坂選手の活躍は、より一層のメジャースポーツ化に向けた「起爆剤」だったということですね。
杉山
そうですね。
加藤
ところで、杉山さんはゾエティス・ジャパンという会社をご存知でしたか?
杉山
いえ、今回、お目にかかるにあたって初めて知りました。動物用の医薬品ということで、飼っていたペットを通じて関わりはあったはずなんですが……。
加藤
そうですね、会社名はご存じなくとも、関わりはあったことと思います。ここで弊社の業務内容を簡単に説明しておきましょう。ゾエティスは動物薬業界のトップとして、犬猫用の医薬品、そして牛豚鶏などの畜産用の医薬品の開発・販売を手がけています。犬や猫の健康を守ることはコンパニオンアニマル (伴侶動物)自身にとっても幸せであり、さらに彼らが幸せで長生きすれば犬や猫のご家族のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上、家族全体の幸せにつながると考えています。そして畜産用医薬品は安全な食の提供につながり、これは人間の健康を守ることに直結しています。
杉山
とても社会貢献度の高いお仕事ですね。
加藤
ありがとうございます!ところが、その社会的貢献度の大きさと比べると、知名度が今ひとつなのが私の悩みであり、社長就任以来の課題としているところです。それを打破しようと、「業界メジャーリーグ化構想」というスローガンを掲げて精力的に動き回っています。
杉山
メジャーリーグ化構想とは面白いですね。それはどういったものなのでしょう。
加藤
先に申しました通り、主な目的は動物医療、そして動物薬業界に対して、社会的貢献度に見合った認知度を確立することです。認知度が向上すれば今以上に優秀な人材を確保することができ、それは一企業の発展だけでなく、業界全体の発展にもつながります。
杉山
具体的にはどういった活動を?
加藤
知名度アップのためにこうした対談企画もそうですし、以前はタレントの間寛平さんを新聞の一面広告に起用するなど、これまで同業他社が行っていないことに積極的に挑戦しています。さらにCSR(社会貢献)活動の一環として子供たちへのアピールも重要だと考えています。子供たちに動物と暮すことの素晴らしさを伝えるとともに、獣医師の地位向上のためにも、「獣医さんは夢のある仕事で人間のお医者さんにはできない素晴らしい仕事をしているんだよ」と普及活動を行っています。

スランプが成長の糧でした選手としても人間としても進歩した辛かったが、振り返れば財産

杉山
それはテニスを含めたスボーツ界も同じです。子供たちにとっていかに憧れの存在で、夢を持てる職業になれるかどうか。これは業界発展のためにとても大切なことですね。
加藤
おっしゃる通りですね。さて、杉山さんは世界レベルのプレーヤーとして、日本における女子テニスの「メジャー化」に大きく尽力されました。プロとして過ごした17年間を振り返ってみていかがですか?私の目からは常にトップに居続けたことが、本当にすごいことだと思っているのですが……。
杉山
17年のプロ生活を振り返ると、一度大きなスランプを経験したことが転機になったと思います。17歳でプロに転向して、若いうちは好きなテニスをやって、勢いだけで通用していた部分がありました。それで8年が経って、25歳のときに大スランプに陥り、それを乗り越える過程で経験したことが、本当に大きな財産になっています。
加藤
スランプは辛い経験だったけど、それが糧になった、と?
杉山
そうですね。自分と向き合うことの大切さであったり、自分自身が精神的な部分で成長しないとアスリートとしても伸びないことにも気付かされました。スランプを克服するときに、こうした「気付き」があったことが大きかったと今は思っています。
加藤
スランプのとき、精神面や肉体面はどういう状態でしたか?
杉山
追い詰められていました。元々は楽観的な性格ですが、あのときは考えれば考えるほどどんどん負のスパイラルに陥り、ネガテイブな感じになって、自分らしさを失っていました。大好きだったはずのテニスを大嫌いになって、コー卜に立つのが苦痛で涙がこぼれるぐらいでした。
加藤
本当に追い詰められていたのですね。
杉山
そうですね。メンタルがそういう状態ですから、当然、技術面でも狂いが出て、「自分の打ち方は一体どうなっているの?」というような感じでボロボロでした。でも、そんな状態だったからこそ、初心に戻ってもう一度やり直せたんだと思います。今振り返ると、スランプの時期は表面的には一番辛い時期でしたが、ピンチがチャンスとよく言われるように、あのスランプが「プロテニスプレーヤー・杉山愛」にとって本当に大きなターニングポイントだったなと思っています。逆に今はスランプに感謝しているくらいです。

困難な局面にこそ多くの宝物が詰まっている、と経験から知った

加藤
辛い時期にそうした「気付き」を得られたことが、次のステップになったのですね。
杉山
はい。でも、当時は本当に辛くて、今だから言えるという感じではありますけど(笑)。加藤さんもスランプというか、仕事で困難な局面に遭ったこともあるのでは?
加藤
たくさんありますね。たとえば今の会社に入る前のことですが、前職である事業部を引き継いだときに、取引先との間でトラブルで裁判沙汰になっており、その裁判も引き継ぐことになりました。言うなれば泥沼状態でした。でも和解をしなければ原材料の供給を受けられずビジネスが終わってしまう。就任早々に先方の社長に連絡を入れましたが、当然、「どの面下げて電話をしてきているんだ」とばかりに門前払いですよ。
杉山
うわぁ、ドラマのような修羅場ですね。
加藤
本当に「どうしたものか……」という状態でした。そんな状況ですから先方に会うまでに半年かかり、しかも最初は向こうの役員に取り囲まれて罵詈雑言というところからのスタートでした。そこから、なんとか1年をかけて和解に至ったのですが、それまでの道のり、まさに心が擦り切れる思いでした。でも、ビジネスマンとしての経験値があのときに大きく増したという実感もあります。以後、ビジネスの場で何も怖いものがなくなった気がしています。
杉山
私のスランプと同じように、ピンチが成長するためのチャンスだった、と?
加藤
そうですね。仕事をしていく上で良いときもあれば悪いときもあります。良いときは見た目も内面も充実していて波に乗っている感じですけど、杉山さんが言われるようにピンチはチャンス、苦難のときこそ自分が変わるきっかけ、成長を感じさせてくれる瞬問だと思いました。やはり困難には多くの宝物が詰まっているんだな、と。でも、本当に今だからこそ、そう思えるんですけどね(笑)。
杉山
アハハハ、ですよねぇ。
加藤
さて、杉山さんのスランプに話を戻しますが、あのとき大きな支えとなったのが、お母さんである芙沙子さんだったそうですね。ファンの方には周知のことでしょうが、改めて伺います。スランプのときにお母さんからどのようなアドバイスがあったのでしょう?
杉山
私がスランプに陥ったのは、2000年のことでした。本当にどうしていいのかわからないような状態で、テニスもそうですけど、自分の目標も見失ってもう崖っぷちにいるような感じでした。自分の中では連敗、連敗と負けが続いている感覚で、どんどん現実から逃げたくなってしまった。テニスをやっていても意味がないとまで思い始めて、「どうにかしてほしい、助けて」という感じで日本に居る母にSOSの電話をかけたんです。ちょうど全米オープンに遠征しているときで、 母は自分の仕事を片付けてから来てくれましたが、久しぶりに見た私は、「本当にひどい状態だった」らしいです。それで「どうすればいいのかまるでわからない」という私に、母は「私には見えるわよ」と言ってくれました。
加藤
ずっと杉山さんのことを見てきたお母さんらしい言葉ですね。
杉山
はい。母は小さいときからずっと見ていてくれたので、きっと何をしなくちゃいけないかということが私よりもわかっていたのだと思います。それと母は大学でスポーツ学を専攻していたこともあり、一般のお母さんとは違う目線でも私のことを見ていたのだと思います。当時の私は自分で自分のことが信じられなくなっていて、「トップ10になりたい」という目標でやってきたものの、バフォーマンスも技術もボロボロでその目標さえも見失っていました。 それで何もかもから逃げたくて「テニスを辞めたい」という言葉が出てしまいましたが、母はきっぱりとこう言ったんです。「きっと今ここでテニスを辞めて他のことをやったとしても、うまくいかないわよ」と。
加藤
厳しいながらも、愛情を感じるひと言ですね。
杉山
さらに母は「自分のやるべきことをやり切ったの?」とも言いました。これは本当に心にグサッときて、同時に私はプロになりきれていなかったな、と思い知らされました。肩書きこそプロでしたが、甘かったなということに母の言葉で気付きました。考えてみれば、テニス選手は自分がやりたいと思っていても選手寿命は決して長くないから、今やり切らないとその先はない。それを痛感させられて、「この先何年できるのかはわからないけど、自分のテニス人生でもうできないというところまでやり切ろう」とそのときに決めました。
加藤
そのスランプをきっかけにして、以後、お母さんが杉山さんのコーチになられて、2009年まで現役を続けられました。杉山さんにとってコーチというのはどういう存在でしたか?
杉山
決してコーチの仕事は「教える」=「ティーチング」ではなくて、あくまで「コーチング」です。教えるというよりも導いてくれる存在だと考えています。目的地まで連れて行ってくれるのがコーチの役割で、ときには前から引っ張ったり、後ろから押したり、そしてときには並んで目的地へ向かう。そうしたいろいろな距離感をもって、目標まで正しく誘導してくれる存在なんじゃないでしょうか。
加藤
コーチという言葉の語源は「馬車」ですから、ある地点からある地点まで連れていってくれる存在なのは間違いないですよね。杉山さんがおっしゃった「コーチの仕事は教えるのではなくて導くこと」というのは、テニスに限らず、そしてスボーツ界だけでなくビジネスの場においても言えることだと私は考えています。会社において上司はコーチでなければいけない、というのが持論です。例えば営業部長がいます。彼らの一番の仕事はモノを売ることではありません。 モノを売るのは営業部員の仕事で、部長の一番の仕事はまさにコーチングです。部員たちや部署を導き、成長をもたらす役割が求められています。スボーツ界には名選手が必ずしも名指導者にあらず、という定説がありますが、ビジネスでも同じですね。スーパー営業マンが必ずしもいい営業部長になれるものではない、と常々思っています。
杉山
やはり教えるのではなく、導く存在ということですね。
加藤
おっしゃる通りです。ひとつビジネス界におけるコーチングの逸話を披露させていただきましょう。アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)社の経営者だったジャック・ウェルチ。彼は経営の神様と呼ばれるような人物ですが、ウェルチにもコーチがいたんですよ。しかも27歳の女性コーチでした。
杉山
そのコーチは経営指南役ですか?
加藤
いえ、特に経営のプロというわけでもなく、人生経験的にも当然、ウェルチの上をいっているわけでもありません。ただし、彼女はコーチングのプロでした。
杉山
では、経営のトップに対して「気付き」や「導き」を与えていた、と?
加藤
そうなんです。その女性コーチに導かれながらウェルチは経営上の判断をしていたと言われています。彼女は直接解答を出すのではなく、ウェルチが解答にたどり着くように導いていたのです。それで、私もウェルチに倣ったわけではありませんが、コーチをつけていたことがあります。
杉山
その方も経営のプロではない?

加藤
はい、彼もまったく経営については素人で、この業界についても詳しい人物ではありません。ただ、彼もコーチングのプロでした。なぜ彼にお願いしたかというと、お恥ずかしい話なのですが、私が社長就任直後に社内で社員満足度調査を実施したところ、その結果がボロボロでした。多くの社員が会社に満足していないという、社長としては見たくない現実でした。でも、トップがそこから目を背けたらおしまいです。全社会議でその調査結果を社員全員と共有しました。それと同時に、「社長としてこれを改善します」と約束したのです。
杉山
そこからコーチと二人三脚ですか?
加藤
そうです。ただコーチも「どうすれば満足度が向上する」という答えを持っているわけではありません。コーチングというのは答えを教えるのではなく、気付かせることです。そのための重要な要素が質問力とフィードバックです。問題解決のためにどうすればいいのか、コーチから私にいろいろと質問をしてもらい、その返答に対してのフィードバックをもらい、それで試行錯誤しながらやっていきました。途中で何度も質問とフィードバックを繰り返すことで、道から逸れていたら正しい場所に戻してもらうという作業も行いました。 そうしてコーチに導かれながら、なんとか改善できたと思い、2年後にもう一度、同じ調査をしました。
杉山
結果はいかがでしたか?
加藤
誰もが驚く劇的な改善が成されていました。たった2年で、と自分でも驚いたくらいです。
杉山
おお、素晴らしいですねー!2年というショートスパンで目標を達成するのは本当にすごいことだと思いますよ。
加藤
ありがとうございます。短期間で達成できたのは、的確なコーチングのおかげだと思っています。向かうべき目標地点への道筋を具体化して、気付きを与えてくれるコーチという存在はこれからも大切にしたいと思っています。
杉山
私も改めて、コーチだった母に感謝したいですね。

加藤
さて、先程の話の途中で「プロになりきれていない」という言葉が出てきました。杉山さんの考える、プロの定義とはどういうものでしょうか。
杉山
17歳でプロに転向したときから、アマチュアとプロの違いは何だろうとずっと考えていました。アマチュアは自分の好きなことに全エネルギーを注いで、完全燃焼したら成功。でもプロは自分の競技をお金を払って見に来てもらっているので、付加価値というか、見ている人に何かを感じてもらえるような仕事をすることが大切だという結論に至りました。それは17歳でプロ生活をスタートしたときから一本の柱として常に心がけてきたことです。そこにさらに仕事を通して自分と向き合って成長していくこともプロには必要だと思っています。
加藤
ビジネスの世界も同じです。私は当事者意識を持って仕事に取り組むのがプロ、一方で、“やらされ感“を持って仕事をしているのがアマチュアだと思っています。というのも「やらされている」と思って仕事に取り組んでいて、大切なお客さんに満足感を与えられるわけがありません。ゾエティス・ジャパンでは全員が当事者意識を持って仕事に臨むように、「オズの法則」という考え方を採用しています。
杉山
オズの法則ですか。それはどういったものでしょう。
加藤
「オスの魔法使い」という寓話を元にしたもので、この主人公のドロシーという少女はある日突然、竜巻に巻かれて、別の世界に連れていかれてしまいます。家族とも離れて泣いてばかりいるドロシーの周りにはブリキの木こりや気弱なライオンという被害者意識の塊のような存在ばかり。お互いに「何で自分たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ」と、グチグチと傷を紙め合うわけです。でもあるとき、それでは何も解決しないということにドロシーは気付き、「このままじゃいけない」と、当事者意識を持って動き出す。そうすると泣いてばかりだった日々からガラッと変わり、何かしら次のことを考えるようになる。そこから様々な解決策を思いつき、それを行動に移して、最終的に元の世界に帰れるというお話です。「オズの法則」では「ライン上とライン下」という概念があり、ライン下は「やらされている」人たち、そしてライン上は「当事者意識を持った」人たちという考え方です。
杉山
そのラインがプロとアマチュアの境界線というわけですね。
加藤
そうです。仕事を進める上で、被害者意識の塊なのか、あるいは当事者意識を持っているのか。それで全然、成果も違ってきます。ボジションや役職に関係なく、社員全員が当事者意識を持ち、仕事のプロになって欲しいというのが私の願いです。
杉山
どの世界でもやはりプロフェッショナルが求められるということですね。
加藤
そうです。仕事を進める上で、被験者意識の塊なのか、あるいは当事者意識を持っているのか。それで全然、成果も違ってきます。ポジションや役職に関係なく、社員全員が当事者意識を持ち、仕事のプロになって欲しいというのが私の願いです。

カメラやメディアの向こうにいる世界中の人を意識して喋っていました

杉山
どの世界でもやはりプロフェッショナルが求められているということですね。
加藤
本当にそうですね。さて今回の対談において、どうしても伺いたかったことがあります。それは杉山さんの英語力についてです。現役時代、試合後のスピーチなどを拝見するととても発音がきれいで感心させられました。しかも発音だけでなく、喋っている内容も素晴らしいものでした。試合後のスピーチや記者会見について、何か特別な勉強をされたのですか?
杉山
それに関しては自身も名プレーヤーで、女子テニス協会(WTA)を設立して女子テニスの地位向上に尽力されたビリー・ジーン・キングさんの影響ですね。私がまだ20代前半のころにプレーヤーズミーティングでキングさんのスピーチを聞く機会がありました。そこで彼女は「スタジアムにお客様は数万人もいらっしゃいます。でもテレビカメラなどメディアの向こうには世界中に数十万、数百万人の人たちがいるんですよ」と言いました。さらには「メディアがいるから自分たちの活躍がニュースになり、記事になるのです」と。そこですごくハッとさせられて、それから常にカメラの向こう、記者の向こうにいる方々までメッセージを届けたいという意識が目覚めたんです。
加藤
それも、ある意味でキングさんによるコーチング、そして気付きですね。
杉山
はい。キングさんの言葉を聞いてからは、発信する言葉の力や意味、そして自分の立場や対戦相手のことなど、プロ選手の言動には責任が伴うものだと常に意識して喋っていました。
加藤
英語を使う機会の多い私も見習いたいですね。さて、対談もそろそろ締めくくりですが、杉山さんは旅行が趣味だと伺いました。現役を引退した後から始めた「ウィッシュリスト」には「やりたいこと」や「行きたい場所」などが書かれているそうですね。
杉山
はい。100個のウィッシュリストを書いて、それは常に更新されています。これまで50から60項目を実現して、さらに新しく加わったものや、時間が経って興味がなくなったものなどもあります。
加藤
最近、旅行はどちらへ?
杉山
ケニアに行きました。
加藤
アフリカですか、いいですね。私も中東を訪れて、そこからいろいろな国へ移動するというプランを今、練っているところです。私のウィッシュリストですね。
さてこの対談はいつも最後に「私へのメッセージ」としてエールをいただくのですが、杉山さんからもぜひお願いします。
杉山
えー、旅の道中お気をつけて(笑)。ではなくて、今回は聞かれたことに答えるという普通のインタビューではなく、教えられることが多かったと感じています。加藤さんというグローバル企業の第一線で活躍されているビジネスマンの方の考え方やビジョンに触れられて、これからの私の人生にいかしていけたらなと思っています。旅先に中東をあげられていたように、業界メジャーリーグ化に尽力されている加藤さんのパワーの源は、そうした好奇心にあるのだとも感じました。加藤さんからコーチングを受けたような気分です。
加藤
私も杉山さんのポジティブなオーラに触れてパワーをいただきました。会話のラリーでテニスをさせてもらい、ありがとうございました。今度は飲みながら互いの旅先の感想でも語り合いましょう。