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ゾエティス・ジャパンの社長・加藤が業界や業種の壁を越えさまざまな人物と対談を行う スペシャル企画の第4弾今回は日本スポーツ界のリーダーとして辣腕を振るう川淵氏にリーダーシップの極意を伺った。 元チェアマンが語る「夢の実現」とは

加藤 克利
KATSUTOSHI KATO

ゾエティス・ジャパン株式会社代表取締役社長。1966年7月4日東京都神田生まれ。大学卒業後に会社勤務を経て米国大学院に留学しMBA取得。2010年、ファイザーにコンパニオンアニマルビジネス統括部長として入社。16年5月1日、49歳でゾエティス・ジャパンの代表取締役社長に就任。18年3月1日より、日本に加え韓国も統括。

川淵 三郎
SABURO KAWABUCHI

日本サッカー協会最高顧問。1936年12月、大阪府高石市生まれ。早稲田大学在学中にサッカー日本代表に選出。 卒業後は古河電工でプレーし、64年の東京オリンピックに出場。引退後は古河電工サッカー部監督、日本代表監督を務める。88年、日本サッカーリーグ (JSL) の総務主事となり、サッカーのプ口化を主導。91年11月、J リーグ初代チェアマンに就任。2002年に日本サッカー協会会長に就任。日本トップリーグ連携機構の代表理事会長も務める。


加藤克利
川淵さん、本日はよろしくお願いいたします。対談場所のこのお店は、モニターでサッカー中継が流れるなど本場のスポーツバーの雰囲気そのままです。日本にこうしてサッカー文化が根付いたのは25年前、プロリーグのJリーグが始まったからでしょう。その立役者である川淵さんに本日はじっくりとお話をうかがいます。早速ですが、川淵さんがこれまで見てこられた日本代表監督について教えてもらえますか?
川瀾三郎
現在のヴァイッド・ハリルホジッチを筆頭にして、フィリップ・トルシエ、イビチャ・オシム、ジーコ、岡田武史など多くの代表監督はそれぞれ特徴がありました。
代表監督というのは代表チームを国際試合で勝たせるために、選手の選考から戦術から何から何まで、全責任をもってやらなければならない、そういう権限を持つ立場です。だから監督が決めた選手やその他すべてのことに対してサッカー協会会長といえども意見できる立場にはない。監督のやり方がおかしい、結果が出ない、問題がある、こういうときには意見をするのではなく更迭するだけです。結果が出なければ、即更迭。その意味で代表監督というのは非常に厳しい立場だと言えます。
加藤
相当なプレッシャー、孤独感があるでしょうね。川淵さんが考える歴代でベストだった監督は?
川淵
監督によってそれぞれの人間性も違うし、戦術も異なります。人柄が良いから優秀な監督かというとそうでもないし、反対に選手に好かれるタイプではないけれど代表監督としては有能という人もいました。
加藤
後者はトルシエ監督ですか(笑)。
川淵
アハハハ。そうです、よくわかりましたね。卜ルシエは選手に非常に厳しく、規律を求めていました。グラウンドでミスをしたら罰としてランニングをさせたり、まるで鬼教官のようでした。あまりにうるさいものだから最後は「アンチ・トルシェ」で選手がまとまった(笑)。それが2002年ワールドカップのベスト16につながったわけです。
加藤
ジーコ監督は反対に選手個々の自主性を重んじていましたね。
川淵
ジーコは現役時代、鹿島アントラーズでは厳しく選手を指導していました。フリーキックのときにここを狙うとこういうふうにゴールに入るからそれを練習しなさいなど、細かい指示をしていた。だが代表監督になってからは、そうはしなかった。ジーコの頭の中にはセレソン(ブラジル代表)のイメージがあったのでしょう。プラジルで代表選手というのはすべての面で優れているから、最低限のことを伝えればあとは何も言う必要がない、と。勝負は時の運だけどワールドカップで惨敗して「ジーコは監督の器じゃなかった」という論調になったわけです。当時の日本代表にはジーコ流の「最低限のことを守っていれば自由にやっていいよ」という教えはまだ早かったのでしょうね。
加藤
南アフリカ大会で日本代表を決勝トーナメント進出に導いた岡田監督はどういうタイプでしたか?

川淵
岡田は1997年、アジア予選の途中、加茂周の更迭に伴ってコーチから監督に昇格しました。これが1回目の代表監督です。「こいつ、すごいな」と思ったのが、監督に就任してすぐのミーティングでの出来事。それまで岡田は選手に近い兄貴分のような存在だった。選手からも「岡ちゃん」と呼ばれていましたが、監督になるにあたって選手の意識を変革しました。私語禁止のはずのミーティング中に川口能活が隣の選手と喋っていた。そしたら岡田が「能活!喋るな!」と一喝しました。 前夜に監督就任を伝えられて、その翌日のミーティングでの出来事です。たった一夜で人間はこうも変わるものかと感心しました。あそこで一気にカリスマ性を手にしたと言ってもいいでしょう。さらに岡田は「オレが監督になることに反対の奴もいるだろう。そういうヤツはここから帰ってもらっていい。反対するヤツは挙手してくれ」とまで言いました。まあカザフスタンで予選をやっている最中だったので「反対だから帰ります」と言っても帰れるわけがないのですが(笑)。あのミーティングで、日本代表を率いて戦うという岡田の覚悟を見た思いがしましたね。
加藤
それくらいの覚悟を持って臨まなければ勝てないと。代表監督というのは大変な仕事ですね。しかもピッチの外でいつも注目を浴びるし、負ければ叩かれることもある。
川淵
今のハリルホジッチもマスコミによく叩かれています。これがロシアW杯でベスト8まで残ったら「名将!」となりますよ(笑)。だから良い代表監督かどうかというのは、結果を出したかどうか、それに尽きますね。
加藤
幸い私の場合、マスコミに叩かれるわけでも海外出張から帰ると空港に報道陣が待ち構えているわけでもありません。ですが、自分の采配ひとつで、組織に大きな影響を与えるという点では同じだと思っています。
川淵
加藤さんは歴代の日本代表監督に当てはめると、自分は誰タイプだと考えますか?
加藤
うーん。まずトルシエ監督タイプではないですね。
川淵
彼のような強権発動はしない、と?

加藤
はい。トルシエ監督は完全に短期成果追求型で、中長期的な人材育成という考えを持っている私とは合致しません。そうすると選手の自主性に敬意を払ったジーコ監督タイプかなという気もします。私自身、社員の個性を尊重し、自由を与えながら成長させたいという思いでいます。あとは高い目標をあえて口にして組織を引っ張る岡田監督にもシンパシーを感じます。私の掲げる「業界メジャーリーグ化構想」というのは、岡田監督の掲げた「目標はW杯ベスト4進出」に通じるものがあると考えます。その点から言うとジーコ監督と岡田監督を足して2で割った感じでしょうか。そこを目指したいと思います。
川淵
ジーコと岡田のハイブリッドですか。それはもう名将の素質十分ですね(笑)。
加藤
川淵さんは御自身もリーダーとして、また様々な業界のリーダーの方とも交流があると思います。そこで感じた「リーダーの必要条件」は何だとお考えですか?
川淵
いろいろあると思いますが、私が一番に思っているのは絶対にウソをつかないこと、ごまかしたりするような発言はしないこと、でしょうね。私は何事に関しても常に率直に発言していました。だから記者から「え、そんなこと率直に言って良いのですか?」と驚かれることもしばしばありました。
加藤
そういえば2006年6月、ジーコ監督の後任が誰になるのかと日本中が注目している最中、記者会見で「オシム」と名前を洩らしてしまった、いわゆる「オシムぽろり」事件がありました。あのときも川淵さんは特にごまかすこともなく、「いや、まいったな」という実に人間味のある対応でしたね。
川淵
あのときの映像を2、3年前に確認しましたが、自分でもあまりに堂々としていておかしかった。ぽろり事件の後、「川淵はわざと洩らしたのじゃないのか?」なんて言われましたけど、本当に口を滑らせたのですよ。もうちょっとうろたえていれば「うっかり」だと伝わったのでしょうけど、反対に堂々としすぎちゃいましたね。あのときもウソをついてごまかすよりも、もう認めちゃった方がいいだろうと、すぐにオーストリアにいるオシムに電話をかけさせました。まあ時差の関係でオシムは出ませんでしたけど(笑)。

加藤
あのとき川淵さんはマスコミの人に向かって「今の聞いてないことにならない?」ともおっしゃっていましたが、ああいうちょっと愛嬌のある切り返しもリーダーの条件でしょうね。肩書だけの「トップ」というのはたくさんいますが、本当の意味での「リーダー」になるにはチャーミングさも必要なのだと勉強になりました。さて次はJリーグ創設についてうかがいます。現在も各方面で活躍中の川淵さんですが、私が一番印象に残っているのは、やはり1993年5月15日、国立競技場でJリーグの開会宣言をした「川淵チェアマン」の姿です。
川淵
四半世紀経ってもそうやって記憶していただいているのは非常に嬉しいことです。私はあの開会宣言の文言を作るときにある仕掛けをしていたのです。
加藤
仕掛けですか?
川淵
はい。開会宜言は今でもスラスラと言うことができます。「スポーツを愛する多くのファンの皆様に支えられまして、Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向かってその第一歩を踏み出します。1993年5月15日、Jリーグの開会を宣言します。Jリーグチェアマン川淵三郎」というものです。
加藤
「サッカーを愛する」ではなく「スボーツを愛する」としたところに私は感動を受けました。それが仕掛けですか?
川淵
仕掛けはメッセージの長さにあるのです。実はあのメッセージは1週間以上考えて、できるだけ短くしました。それでも30秒くらいになりました。オープニングセレモニーの様子はテレビでも何回も取り上げられるけれど、テレビ局はあれもこれも入れようとして開会宣言は15秒くらいでカットするだろうな、と考えました。だから真ん中に「1993年5月15日」と日付を入れたのです。
加藤
普通、日付が入るのは最後ですよね。
川淵
そこが仕掛けなのです。日付を入れたところまでが約15秒。編集して前半だけを使う場合に日付が入っていた方が収まりがいいでしょう。開会宣言の前半と後半、どちらを使ってもきちんとメッセージとして格好がつくようにしたのです。
加藤
うーん、わずか30秒の中に、そんな仕掛けがあったとは…。
川淵
Jリーグ誕生から今までの25年間、あの開会宣言映像の使われ方を見ていると「ほらほら、思っていた通りだ」と、まさに我が意を得たりという気分です。
加藤
さて、日本サッカーのプロ化にあたっては長い道のりと並々ならぬご苦労があったことと思います。正直、誰も日本でプロサッカーが根付くとは思っていなかった。それをリーダーとして川淵さんは成し遂げました。前例のないものをゼロから作っていくチャレンジ精神の賜物ですし、私自身、そこから学ぶことが多いと思っています。
川淵
加藤さんも社長として何か新しいことを始めようとすると、様々な障害があるのではないですか?
加藤
はい。ゾエティス・ジャパンの社長として、そして動物薬業界のリーダーのひとりとして「業界メジャーリーグ化構想」なる旗印を掲げていますが、一朝一夕には事は運びません。
川淵
新しいことをしようとすると、必ず反対する人たちがいます。「前例がないだろう」「時期尚早じゃないか」「成功するはずがない」と。サッカープロリーグという新しいことをやろうとしているのだから、前例がないのは当たり前の話です。時期尚早?商品でもサービスでも「機が熟した」というタイミングではだいたいが遅すぎる。成功するかどうかについては、私だって絶対の確信があったわけじゃない。Jリーグも「やるしかない、もう今、プロ化するしかサッカー界が成功することはない」という思いで始めました。でも失敗してもいいと思っているわけではなくて、思い切ったトライをすることによって大きな変化を起こそうという気持ちです。
加藤
私も変化や変革の必要性についてはいつも強く意識しています。
川淵
やはりトップに立つリーダーがそういう気持ちで事業をやらないと新しいことは生まれません。加藤さんも思い切って、じゃんじゃんおやりになるといいですよ。
加藤
ありがとうございます。勇気が湧いてきました。
川淵
ところで加藤さんが先程おっしゃっていた「業界メジャーリーグ化構想」というのはどういうものなのでしょうか?
加藤
これは川淵さんがJリーグを立ち上げてから日本サッカー界に起きた化学反応を見習ったものなのです。Jリーグができたことでそれまでの地味な日本リーグが一気に注目を浴びる存在になった。テレビでも中継が増えて、さらに各地にクラブチームも作られて、日本サッカーの底辺が広がり、そこからプレーのレベルも向上しました。その発展がのちのワールドカップ連続出場につながった。Jリーグ設立はまさにターニングポイントだったと思っています。そうした業界の変革や化学反応を私もこの動物薬業界で起こしたい。それが「業界メジャーリーグ化構想」です。そしてメジャーリーグ化構想の目的は、動物薬業界の社会貢献に見合った認知度のアップ、それに伴う業界の裾野の拡大など広範囲に及びます。
川淵
なるほど。ペットを飼っていた私としては興味深いですね。
加藤
何を飼われていましたか?
川淵
小さいころはウサギ、最近までは犬を飼っていました。
加藤
ペットに関して言えば医薬品でペットの健康を守ることは、飼い主さんの幸せにもつながります。ペットが長生きできるように、ペットのクオリティオブライフ(QOL)を向上させることは、すなわち飼い主さんのQOL向上にもつながります。
川淵
たしかにペットが元気だと私や女房も幸せな気分になる。反対に病気やケガをすると本当に心配でした。うちの犬は皮膚病にかかり掻きむしってしまったことがありますが、その患部を舐めないようにエリザベスカラーというのですか、大きな笠みたいなのを付けていたことがあります。あのときは本当に不自由でかわいそうでしたね。
加藤
ゾエティス・ジャパンでは、ステロイドとは異なる、ペットのかゆみをケアする革新的な医薬品も開発・販売しています。川淵さんが感じられたペットの「かわいそう」を減らすためのものです。ペットの健康を守ることでペットと飼い主さんを幸せにする。これがまず我々の行っているひとつの社会貢献です。その他、牛や豚、鶏など畜産動物の健康を守るための医薬品も開発・販売しています。
川淵
畜産というと人間の食に関わってきますね。
加藤
はい。人間は食べなければ生きていけません。その食の安全を守ることも大切な社会貢献です。このようにゾエティス・ジャパン、そして動物薬業界というのは社会貢献度の大きな会社であり業界です。しかし、その割に社会的認知度が低い。ここを変えたいと私は考えています。
川淵
社会的認知度が上がったその先に目指すものは?
加藤
認知度が上がれば、業界の裾野が広がります。今まで関心の低かった人もこの業界に関心を持ってくれるようになります。そうすると優秀な人材が動物薬業界に流入、さらに業界が発展し、裾野も広がるという好循環が生まれますし、それを実現したいと考えています。また業界そのものの発展とともに、私が考えているのが獣医師の地位向上ですね。
川淵
獣医さんには我が家も大変お世話になりました。
加藤
ペットの飼い主さん、そして畜産に関わる方にとって獣医師というのはなくてはならない存在です。ただ、獣医師というのは人間を相手にした医師に比べるとまだまだその地位が認められていない部分があります。ゾエティス・ジャパンのCSR(社会貢献)活動の一環として子供たちに獣医師は夢のある仕事、人間の医師にはできないたくさんの素晴らしいことをしていると伝える取り組みもしていますし、獣医師の地位向上のためにも重要な活動だと思っています。
川淵
うちはペットに何かあるたびに動物病院に連れていきました。人間なら言葉が通じるから「どこが痛い」「ここが痛い」とわかりますが、犬の場合にはそうはいかない。獣医さんしか頼る人がいないのですから、人間のお医者さんと同じくらい、いやそれ以上の存在だと思います。
加藤
まさにおっしゃる通りですし、そうした部分も含めて変革したいというのが、「業界メジャーリーグ化構想」になります。私が8年前にこの業界に入り、当時はある一部門の責任者に過ぎませんでしたが、業界の方々にその率直な思いをぶつけてきました。皆さんその場では「それは素晴らしい、実現させたいね」と納得してくれるのですが、でも最後には「でもね、加藤さん。やっばり難しいよ」となってしまうのです。

川淵
そう。だいたいそうなりますよ(笑)
加藤
動物薬業界というのは旧態依然とした体質、商習慣で成り立っています。非常に保守的で何十年と変わっていない部分も多くあります。なかなか新しいことにチャレンジをしない体質で、古いやり方やしきたりにとらわれている。でもそうすると組織や業界が制度疲労を起こし、自己崩壊を招いてしまう。幸いにも一昨年にゾエティスというグローバルでも影響力の大きな組織の社長になり、それを機にそれまでの想いを「業界メジャーリーグ化構想」と名付け、変革を進めていく覚悟を決めました。変革といっても、もちろん何でもかんでも変えればいいというものではなく、古き良きものは残し、変えるべきものは変える。そういうバランス感覚も持っていたいと常に思っています。
川淵
すこし話は変わりますが、リーダーとしての部下との関係での私の経験談をお話しします。 私が古河電工の部長時代のことです。部下である課長の出勤が遅くて、9時始業なのにいつも9時半くらいに出勤していた。管理職だから出勤簿にハンコを押さなくていいから、ちょっとたるんでいるのではないか。仕事はできる社員でしたがガツンと怒らなきゃいけないなと思って、しばらくその動向を観察していたのです。そうしたら毎日夜の10時、11時まで残って残業をしていたのですね。別に残業代目当てではなく、部下のやった仕事の確認とかいろいろあったのでしょう。夜のうちにやっておけば、朝から部下が仕事を進めることができる。そういうことを考えての残業ですから、そりゃちょっと朝が遅くなるのも仕方ない。
加藤
その課長は自分の裁量で判断して、仕事がうまく回るようにしていたわけですね。
川淵
そうなんですよ。いや、本当に「もっと朝早く来い!」なんて怒らなくて良かったと今でも思っています。そのときに怒るのを我慢したおかげで今の私があると言ってもいいくらいです。ひとつの現象を見てガッと怒るのは浅はかな人間。その現象の裏側に何があるのかをちゃんと理解し、そこで問題があったら初めて怒れという話です。
加藤
部下をよく観察するという意味で、私も組織を機能させるために部下とのコミュニケーションの重要性を感じています。コミュニケーションというのは、どれだけとってもとり過ぎるものではない。常に部下と接し、そして理解することが大切だと思っています。だから私には社長室が用意されているのですが、そこはほとんど使っていないんですよ。
川淵
普段はどこで仕事を?
加藤
社員が働いているフロアのど真ん中にデスクを置いています。全体が見渡すことができるし、何かあると社員の方から私に寄ってきてくれます。よくオープンドアポリシー、すなわち「社長室のドアは開けっ放しです」というトップの方もいますが、それでも社員からすると社長室というのは敷居が高くなりがちです。私の場合はドアがないので最初からオープンです。あと私が社長になってから取り組んでいる試みとして、毎月、ビデオレターを作って、社員全員に送っています。これは全国にいる営業マンなど社員全員が好きなときに見られるようにしたもので、会社のビジョンや自分の思いを伝えています。トップの考えを具体的な言葉として直接、社員に伝えることはとても重要だと思っていますし、社員からも感想を毎回数多く送ってもらい、最初は思いつきで始めてはみたものの、トップとしての自分の思いを社員に伝える上でパワフルなツールであることを実感していますね。
川淵
言葉というのは本当に重要で、そして難しいものです。特に人事の際には非常に気を使っていました。協会の幹部を代えるときに何と言えばいいのか、ずっと苦労していたのですが、あるときオムロンの会長だった立石義雄さんに相談したら、「あなたは構想にない、とだけ言いなさい」と教わりました。これは役立ちましたね。
加藤
それはとても参考になります。私が組織を運営する上で常に考えているのは、1人を活かすために組織そのものが死んでしまうなら、たとえ優秀であってもその1人を切る方を選ぼうと。それは社長になったときから特に肝に銘じています。
川淵
サッカーでも1人を切ってチームを活かすことはよくあります。98年のワールドカップでフランス代表はエリック・カントナという絶対的なストライカーを外しました。これは当時、大きな議論を呼びましたが、結果、この大会でフランスは優勝した。エースではあったけどカントナの独善的な態度がチームのために良くない、エメ・ジャケ監督がそう判断し代表から外した。それがズバリと的中したわけです。やはり組織というのは誰かが自分勝手なことをすると廃れてしまう。だからトップに立つ人間はそれを一番に注意しないといけないでしょうね。
加藤
ゾエティス・ジャパンにはリーダーシップチームという10人の経営陣がいます。彼らは私の目となって組織の隅々まで見てくれています。彼らには常にリーダーであることを意識するように働きかけているので私も安心してビジネスを進められています。ゾエティス・ジャパンの社内に関しては一枚岩になっているな、と感じています。皆が非常に頼もしく、同じ方向を向いて日々、努力をしてくれています。でも社内だけが一枚岩になっても、志半ばです。それだけで業界の改革が達成できるわけではありません。何度もじれったさやもどかしさも感じました。ただ誰も本気で取り組まないのであれば、この自分がやってやろうという気持ちだけは忘れないようにしようと思っています。さて、最後に川淵さんから私にエールをいただけると嬉しいのですが…。
川淵
加藤さんはトップとして猪突猛進で行っていいと思いますよ。逆に周りにどれだけ優秀なスタッフを置けるかが大切です。社長がいくら良いことを言っても、下に伝えるのはこのスタッフです。だからイエスマンで固めてしまうのは良くない。社長はこう言っているけど自分はこう思う、そんなアドバイスをくれるくらいの人間を配置すると良いのではないでしょうか。
加藤
ぜひそのように心がけます。
川淵
今日、お目にかかって加藤さんは業界に変革を起こそうという強い意志を持っていると感じました。要するに気概ですよ。加藤さんにはその気概がある。それさえあれば必ず夢は実現できます。
加藤
気概、ですか…。その言葉を最後に頂いて、胸にジンと染み渡りました。川淵さんのJリーグ百年構想ではありませんが、「業界メジャーリーグ化構想」実現のために気概を持って、もう一働きも二働きもしたいと思っています。